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2011年4月24日 - 2011年4月30日

2011年4月30日 (土)

今さらですが・・・好きなだけ「ポポポポ~ン」

すごいおはようございます。

23時頃に寝てしまったら、なんと3時に起きてしまいました。
昨日は5時30分に起きて二度寝、早朝の列車を撮り損なったので、今日はこのまま起きていようと思います。もっともGWになってしまったので、貨物列車も運休が心配ですが・・・。

昨日、ネットで検索していたら、偶然に見つけました。

好きなだけ「ポポポポ~ン」するボタン

大震災からしばらく、民放各局のCM自粛で流れていたACジャパンのコマーシャル。

最初は耳障りな歌だな・・・と思いましたが、クセになってしまった方も多いようで、こんなのまで作られてしまいました。

私的にはこちらも強烈かなと思いましたけど。

http://youtu.be/x-Lzcluv7JM

では・・・

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2011年4月29日 (金)

驚きの記事:被災者とボランティア女性婚約

こんばんわ。

今日も鉄道ネタでなくてすみませんがお付き合いください。

昨日の昼休み、仕事場のネットで天皇陛下が被災地を回っている記事を見つけました。

と、気になる見出しが・・・開いてみると、それは驚く内容でした。

以下、インフォシークのニュースから転載です。

記事写真
写真1
  避難所で出会い、婚約した阿部誠輝さん(左)と村上希望さん=24日、宮城県南三陸町

避難所となっている宮城県南三陸町の志津川小学校に泊まり込んでいる被災者の男性とボランティアの女性が婚約した。阿部誠輝さん(42)と、奈良県生駒市から駆けつけたクリーニング店店員村上希望さん(28)。
2人は5月中旬に避難所で結婚式を挙げる予定だ。地震発生後、消防団に所属する阿部さんは消防車で避難を呼び掛けて回った。すぐに真っ黒い津波が地鳴りのような音を立てて町をなぎ倒し、消防車のすぐ後まで迫る中、懸命に避難。取り残された住民の救助をしたり、避難所に泊まり込んで被災者の世話をしたりしている。
村上さんは「阪神大震災の時に被災地入りした父の姿に影響を受けた」と3月26日に避難所入りした。避難所生活を送るうちに、いつしか会話するようなった。物資の運搬ボランティアをしていた村上さんが「地元の地理を教えて」と頼んだことで、一緒にトラックで物資を運搬するようになり、2人の距離は一気に縮まった。

だそうです。
まあ、めでたい話と喜ぶところですが、私はそう簡単な問題ではありませんでした。

志津川小学校と言えば、先般、私が被災地支援で訪れた学校です。
この記事を開き、写真を見たとたんにびっくりしてしまいましたよ。

被災地から帰ってきてアップした『被災地から戻りました・・・教訓が命取りに・・・』の記事でご紹介いたしました、地震と津波が来たときの様子を色々と教えてくれた方が、この写真に写っている消防団の方なのです(驚)!

そして、相手の女性はボランティアとして志津川小学校に来ていた方で、もちろん、お話もしたことがあります。

被災地から帰ってまだ1ヶ月も経っていいないのですが、もう随分と前のような気がします。

災害が無ければ出逢わなかったであろうお二方、さらに、このお二方と出逢うこともなかったであろうこの私。なんとも不思議なご縁でした。

まだ復興や安定した生活への道のりは遠く険しいと思いますが、是非、お二人の愛で乗り越えていただきたいです。
そして、同時に避難されている方々のご健康をお祈りいたします。

おめでとうございます。お幸せに・・・。

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2011年4月27日 (水)

朝日新聞社員の醜態:恥ずかしい大人(ガキ)

おはようございます。

コレクションネタではなくてすみませんが、鉄道関係のネタであり非常にアタマに来る内容の記事を見つけたのでご紹介いたします。

※以下、インフォシークニュース記事から借用。

朝日新聞関係者が苦虫を噛み潰したような顔でいう。

「先日、お客様オフィスに読者の方から朝日社員に関する抗議が寄せられたんです。その方がいうには震災当日、地震で緊急停車、カンヅメ状態にあった新幹線でうちの社員と見られる5、6名が酒盛りしていた。挙げ句の果てに『早く降ろせ』って車掌に恫喝したと」

 まさか――当初は一蹴した会社側も、当日の勤務状況を確認するや唖然とした。

「読者が指摘する、“東北新幹線はやて”のグリーン車には同社販売局社員たちが複数乗っていた。浅虫温泉(青森)への慰安旅行中だったというのです」(同)

 以下は読者の抗議や、JR関係者への取材をもとに再現した“事件”の様子だ。

 正午頃。東京を発車した「はやて」グリーン車の後部にひときわ賑やかな一団が陣取る。団体はすぐに酒瓶を開け、騒ぎ始めた。

「朝日も読売のやり方を真似てみるか」「それ、押し紙やるってことかい(笑い)」と言葉の端々に業界人であることを臭わせていた。

 14時46分。地震で新幹線が八戸(青森県)手前のトンネル内で緊急停車する。停電で車内は暗闇に包まれた。車掌は客席を巡回しながら「大丈夫ですか」と、冷静な対応を呼びかける。

 しかし、団体内で「部長」と呼ばれていた中年の男(新聞販売所経営者団体の幹部)が喚きはじめた。

「はやく外に避難させろ」

 車掌は「今は車両内にいるのが一番安全です」と宥めたが部長は相手にしない。

「2時間半もあればトンネルから歩いて出られるぞ」

 部長が毒突くたび車掌の声が滞り、乗客は不安を募らせる。さらに暴言は続く。

「とにかく降ろせ。俺のいうことを聞けないならうちの社長、アキヤマコウタロウの名前で抗議するぞ」

 秋山耿太郎といえば、朝日新聞社の社長だ。この時点で、団体が朝日新聞社員ということが周囲にはっきり露見した。だが、他の人間も部長の暴言を諫めようという素振りを見せない。

 ちょうどJR女子職員が、「子供さんはいらっしゃいませんか」と、客室を歩いていた。すると、団体の一人が頓狂な声を上げる。

「子供ならここにいるよ」
 
 振り向いた彼女に団体はどっと笑った。20時頃。車掌がアナウンスした「朝までこの場所で待機」という処置に対して、またも部長が憤った。今度は車掌室に出向いての激昂。

「なぜ明日まで待つんだ。何なら俺が先導するぞ」

 22時頃。車両からの脱出に観念した団体は再度アルコールを飲みだす。今度は女子社員の名前を出して「あの子は胸が大きい」「俺に気があるんじゃないか」

 乗客が寝入る23時過ぎまで酔狂は続いたという。翌日8時頃。JR職員の手引きで、乗客は線路を歩き、トンネル外に脱出した。団体は緊急バスで八戸駅に。そして前夜の傍若無人ぶりを詫びることなく、タクシーで浅虫温泉方面に消えていった。

「調査の結果、部長と称する人間は新聞販売所経営者団体の幹部で他はやはり販売局の社員だったようです。うちは事実確認をした上で、抗議をお寄せになった読者に非礼をお詫びしました。でも、その方からは『俺に詫びてどうする。緊急時なのに冷静に対処してくれたJRの職員に謝罪しろ』と返されたと。当然でしょう」(朝日新聞関係者)

 この騒動について朝日新聞広報部に問い合わせると、「当該社員を厳重に注意しました。新聞販売所経営者団体幹部らに対しても注意を促し、JR東日本に謝罪しました。なお、弊社社員が“社長名を用いて車掌を恫喝した”という事実はありません」との回答が寄せられた。

※週刊ポスト2011年5月6日・13日号

風体だけ大人のガキに憤る。こんなヤツが大企業の「部長」を名乗っていること自体が恥ずかしい。厳重注意どころじゃない、懲戒解雇しても良いんじゃないか?会社の名誉毀損的存在ではないのだろうか?朝日新聞社ってのはなかなか心の広いフレンドリーな企業なんですね。

ちなみに、我が家は結婚して以来、朝日新聞の読者ですorz

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2011年4月24日 (日)

京王井の頭線の警告表示「停車?通過」

おはようございます。

相変わらず滞りがちですみません。

今日はチョイネタです。

230422

京王井の頭線は、過去に仕事で1回しか乗ったことの無く、私としてはあまり縁のない路線です。

今回、今の仕事になって初めて乗りました。写真を撮ったことがなかったので、移動時間の合間にちょっとだけ撮影。

家に帰って画像を整理していたら、変な表示を見つけました。

最近では停車駅通過防止のために、様々な駅に様々なスタイルで「駅名」や「通過?停車?」「快速停車」などの警告が出ています。別に珍しくはありません。

でも、この警告表示を見て笑ってしまいました。

なんで「?」が逆さまなんでしょうか?フツーに「?」でも良いと思うんですけど。

今回はじっくり見ることが出来なかったので、井の頭線の全線に渡って見られる表示なのかどうかは分かりませんが、また機会があったら探してみようかと思います。

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