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2010年2月21日 - 2010年2月27日

2010年2月27日 (土)

2が並ぶ~~~(その6) 郵便書簡:消印

おはようございます。

明日で2月も終わり。プチフィーバーとなった22222シリーズも「その3」で終らせる予定だったのですが、シービーさんの『22.2.22の郵便消印(市川二俣・西船... 』を拝見してなんとなく思ったんです。

「自分では買わなかったけど、毎日到着する郵便に消印があるんじゃないか・・・。」

アルバイトの女の子に頼んで、23~24日に到着した封筒を探してもらいました。そしたら、5通の郵便書簡のうち、2つが「22.2.22」の消印だったんです。

Photo

上が武蔵野市の武蔵野局、下が豊島区の豊島局ですね。

記念消印とは違い、あまりキレイではありませんが、印字自体はハッキリと2並びが判るので良いと思います。

私が生きている間には2度と訪れない日付ですから、未使用の切手と共にアルバムに保管しておこうと思います。

みなさんの会社でも、もしかしたらあるかもしれませんよ。23~25日くらいに到着したハガキ・書簡(封書)をチェックしてみましょう。

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2010年2月26日 (金)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):485系「しらさぎ」篇

おはようございます。

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇』から始まったシリーズで、続きになります。今日は、485系「しらさぎ」篇です。

481 481_2

北陸特急の始祖というと、どうしても「雷鳥」が挙がってしまいますが、実はこの「しらさぎ」も「雷鳥」と同日からに運転となっています。昭和39年10月1日、東海道新幹線の開業と共に北陸本線富山電化が完成し、これと同時に 運転が開始される予定でした。しかし、481系特急型車両の製造が間に合わず、当初ダイヤは設定されていたものの運休扱いとなっており、昭和39年12月25日に晴れて運転が開始されたということです。

図柄はスカートにタイフォンの付いた初期型のボンネット車ですが、タイフォンシャッターの準備工事がされているようなので、おそらく485系ではないかと思われます。昭和48年の記念乗車券発売当時、登場当初のクハ481はまだ赤スカートを付けたままであり、塗り潰しは行われていなかった筈ですので、485系初期のボンネット車と推測できるわけです。

「しらさぎ」は「雷鳥」に比べて本数が少なかったこともあり、北陸に行った際も1回も逢わずに終ってしまいました。東海道区間では偶然に撮影できたものがありますので、親ブログ『489系・583系「しらさぎ」:総集編』を覗いてみてください。

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2010年2月25日 (木)

とまれ!止まれ!

おはようございます。

普段、まっすぐ前を見て歩く私ですが、どちらかというと胸を張って天を仰ぐというよりは、足元に気をつけて歩いています。

クルマを運転していると、交差点では左右の安全確認が最優先なので、道路をまじまじと見ている余裕ってないもんですよね。

220101

歩きの場合、たまにはこんな風景に逢うことがあります。

この写真を撮ったのは平成22年1月、女房の実家の近くです。

普通は片側の方向からしか見ないから、案外気が付かないもんですね。うちの近所にも実はあるのですが、普段通らない場所なので未だ写真を撮っていません。いずれご紹介したいと思います。

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2010年2月24日 (水)

ヘタレな結果の「22222」に「222」のオマケ付き!

こんばんわ。

昨日はスキャニングしないうちにくたばってしまったので、今日は取り込みを行いました。

なので、画像を中心にご覧いただこうと思います。

始めにお断りします。正直、ヘタレな結果でした。

1202010222

まず出向いたのは京王電鉄。入場券のボタンが見当たらなくて、普通乗車券の初乗りを購入してみました。目が点になっちゃいましたよ。(○゚ε゚○)

いきなり西暦表示をやられてしまいました。

気を取り直して小田急電鉄へ。

嫌な予感。券売機が京王電鉄と全く同じタイプみたい。パネル表示も殆ど同じ。

1202010222_2

やっぱり・・・orz。参ったね。全く意味が無い。

悔しいから領収証ボタンも押してやった。

20100222

こちらは乗車券とは異なって、完全なパソコン西暦表示だわ。でも、良く考えたら、2020年2月2日→2020年02月02日というおもしろい表示になる。

で、JRの券売機も京王、小田急と同じ型の機械に見えてきた。まさか、JRまで?

試しにスイカチャージ、領収証を打ち出してみた。

20100222_2 

下半分の構成はかなり違うけど、領収証の題目から時刻表示まで、小田急のとそっくりじゃね?(゚▽゚*)

そんなこともあって、新宿駅での購入は見送り。都営と営団も離れているので、嫌気が差して帰ってきてしまいました。

蕨駅に着いたのが20時45分頃だったかな。そしたら、みどりの窓口が21時まで営業だったんですよ。

で、シービーさんから「窓口券が良い」と言われていたので、ここは並んでみることにしました。3人待ちだったんですけど、これが大変だった。2組まえの大学生と見られるカップル。二人してウダウダで、どういう風に切符を購入すれば良いか悩んでいるんですよね。如何せんハッキリしないんですわ。だから、窓口氏(女性職員)も明らかに不機嫌な態度でしたね。

さらに私の直前のアンちゃん。回数券を間違って買ってしまったらしいのだが、1枚使ってしまった。窓口氏は誤購入として残りを交換すると言っているのに、払い戻しできないかだとか、手数料はいくら取られるとか、今日交換できないなら明日にしたいだとか、とにかく無手数料で交換すると案内しているのになんか金が欲しいようなことを言って駄々こねるんですよ。

結局、たった2人半の順番待ちで15分も時間を費やしてしまった。

で、やっと手に入れた入場券。簡単な申し出に、さっきまで不機嫌だった窓口氏に明るさが戻った。丁寧に応対してくれましたよ。もっとも、私は90秒で用が済んでしまいましたが。

22222

これがやっと手に入れた窓口発行の入場券。券売機券よりもキレイですね。

これをもらって気が付いたのですが、発行日の22.-2.22以外にも、駅名下に2月22日の表示があるので、なんか得した気分。でも、何で2月22日1回限り有効?

実は、窓口氏との会話の中にヒントがありました。

「入場券子供、今日の御使用でよろしいですか?」「ハイ!」

ってことはよ、入場券の前売りってあるのか・・・始めて知った。なんの目的で?

まあ、疑問も残るのですが、今回の場合は当日じゃないと意味が無いので、これで良しということ。もう一つ得をしたと思ったのは、窓口閉鎖後の21:01の発行になっていること。本来なら無い時間と言うことですね。

で、22時22分狙いですが、さすがに1時間以上時間を潰すのは酷。家に帰って出直す手もありますが、寝不足であまりにも疲れていたので、行く気がなくなってしまいました。

自分で動かなければ何も手に入らない。分かっているけど精神的について行けなかった。他人のこと言えない。こんな私はヘタレです。

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2010年2月23日 (火)

22222・・・2010!・・・惨敗orz

昨日は平成22年2月22日、2が5個も並ぶ日で、失礼ながら、元号が変わらない限り二度と訪れない。

そんな日、お昼休みにワンセグやネットを見ていると、かなり入場券や記念きっぷを集め回っている人も居るようで、飛ぶように売れているらしい。私も朝のニュースで東急電鉄が発売する入場券を見て、とても欲しくなってしまった。しかし平日、悲しいかな仕事。

帰り道、あるアイディアが・・・新宿駅コンプ!

新宿駅は、JRを始め、小田急、京王、東京メトロ、都営と5つの会社が交じり合う、日本有数のターミナル駅。この駅で全部入場券を集めてしまおうと。

しかし、いざ京王に行ってみると、窓口では入場券は発売していないと言う。そして券売機を見ても、入場券のボタンが見当たらない。仕方なく初乗り小児乗車券を買う。

2010-2-22!

2が揃ってねぇ・・・・・・・・・・・・

小田急に行ったら、嫌な予感。券売機の形や表示が一緒・・・。

2010-2-22!

やっぱり・・・orz

で、JRでスイカチャージして領収証を出してみたら・・・

2010-2-22!

サイテーーーーー!

この時点で気力をなくして帰宅しましたとさ。

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2010年2月22日 (月)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇

こんばんわ。

鉄道雑誌各誌が発売になっていますが、どれをとっても北陸色一色という感じで。もちろん、寝台特急「北陸」、急行「能登」の廃止が大きく影響していますし、ここに来て西日本でも「雷鳥」の485系置き換えや新鋭521系増備による419系への影響など、旧型車王国であった北陸本線への注目度が増大していますので、致し方の無いところですね。

だからと言うわけではないのですが、私自身も西日本の特急列車は憧れの存在でありましたし、そのような経緯があって無理に手に入れたコレクションもあります。

今回は、昭和48年に発行された「北陸特急シリーズ」と称する記念入場券をアップしたいと思います。この記念入場券、10枚組みですが、1度に紹介するのは非常に骨なので、10回に分けてご紹介したいと思います。

Photo Photo_2

初回となりますので、今日は入れ物もご紹介いたします。

全国の特急網が整備されてきたのは昭和47年の改正でしょうかね。急行列車から数多くの格上げ特急が誕生しています。北陸特急もこの昭和48年時点で9種の名称が出揃っています。

どうも同年に開催された「日本海博」がきっかけでこの記念入場券が発売になったようですが、当時は私も小学4年生ですから、この話題は全く知りません。大阪万博はテレビでも相当騒がれていたので記憶にありますけど。

私が中学生になり、同級生の紹介でスタンプショップに足を運ぶようになったのが昭和51年。この記念入場券が飾られており、憧れの関西特急がズラリと並んだ絵柄は強烈なインパクトがあり、欲しくて仕方なかったんですよね。しかし、当時の店頭価格で3千円。立喰いの掛けそばが100円したかどうかのころですから、とても手の届く存在ではなかったんですよね。それでもどうしても欲しくて、中3か高校生になってからでしょうか、やっと手に入れたのです。ちなみに、中学生のときの小遣いが月2~3千円だったように記憶しています。

今日はこの中から1枚ご紹介いたします。

Photo_3Photo_4

北陸本線の代表格の特急列車といえばこの「雷鳥」でしょう。 交直両用型の特急列車の始祖でもあります。登場当初は赤スカートの481系でしたが、写真ではクリーム色のスカートとなっていますので、既に485系も登場していたということになります。

貫通型の車両が誕生したのが昭和47年くらいだったと記憶していますが、この昭和48年くらいだとボンネット型の方が多勢を占めていた頃かもしれませんね。

既に40年も経過しているわけですが、登場時から現在に至るまで485系で運転されているのはある意味奇跡と言えますね。しかし、その歴史の幕も直ぐそこまで迫っているようです。

10枚組みですので、追って他の列車分もご紹介してまいります。

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2010年2月21日 (日)

急行「津軽」:急行券・指定席券

こんにちわ。

最近は北陸ネタが続いて、今後も北陸ネタを予定しているため、今日は懐かしい急行列車の話題を。

上野発着の夜行列車といえば「津軽」がやはり代表格でしょうか?

昭和40年に2往復化されて以来、昭和57年11月の新幹線関連改正まで持続していましたが、東北・上越新幹線の開業により1往復化されてしまいました。

しかし、リーズナブルで便利な夜行急行であったため、その人気はそれほど衰えることは無かったようです。

昭和57年11月15日改正から20系化されましたが、A寝台改造の座席車が3両しか連結されなかったため大混雑となり、翌58年7月1日から14系座席のみの夜行列車となります。しかし、今度は寝台車連結がなくなったことに対する苦情が相次ぎ、昭和59年2月1日から14系B寝台との混結となります。

さらに、昭和60年改正では東北・上越新幹線の上野駅乗り入れが実現し、完全に新幹線へとシフトしていくことになります。ここで、急行「銀河」用の寝台車捻出のため再び寝台車が外され、その後、583系化、485系化を繰り返し、平成11月末をもって定期運用廃止となっています。

Photo

昭和61年8月発行の急行「津軽」指定席券です。時代的には1往復化され、前述変遷にもありますとおり、14系寝台車が外れて完全モノクラスになった後のものです。この頃以降はEF58牽引の列車も完全に撤退し、大変興味の薄い列車となってしまいましたので、撮影すらしたことがありません。

それでも、まだ当時残っていた周遊券では安く乗れる移動手段として、休みシーズン中は賑わっていたことでしょう。

14系座席車で二ツ井からでも12時間以上掛かっているわけですから、今から考えるととても難儀な旅ですね。

ちなみに、私が初めて北海道に行ったときは12系の「津軽3号」で、上野~青森間を通しで乗りました。秋田を過ぎてからは殆どお客さんが居なかったように記憶しています。

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