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2010年2月7日 - 2010年2月13日

2010年2月13日 (土)

もう? トミーテック カーコレクション第10弾 画像

こんばんわ。

今日は1日雪降りと言う感じですね。積もりゃしないけど、めちゃくちゃ寒いですわ。

ところで、通販メールが来たので買う気はないけどテキトーに見ていたら、トミーテックのカーコレクション第10弾を見つけました。

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第10弾ってね、アンタ、まだ第9弾が発売されてないじゃないですか!

早過ぎるんじゃないの?

最近、バスコレも下火になってしまったようだし、建物や情景コレクションも限界になってきたような気がしますね。不景気で投資家(テンバイヤー)が少なくなってきたんでしょうな。

私も余ったヤツを売ろうと思っていたんですが、買い手が付きそうもないので塩漬け状態です。もったいないなー。

第10弾はパトカーが沢山セットされているので、1箱買いですね。ただ、小売価格が異常に高騰しているのが気になります。もう何箱も買うなんて芸当は出来そうもありません。

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L特急「加越」 運転記念入場券

こんばんわ。

今日は国鉄時代の記念入場券で、かなり古いものになりますが、特急「加越」の運転記念入場券をご紹介したいと思います。

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※↑裏側載せるの忘れていたので追加。

発売は、新幹線が博多まで開業した昭和50年3月10日となります。私が鉄道趣味に目覚めてからとしては、一番大きな改正でした。このとき、山陽特急の「つばめ」「はと」「月光」「日向」「なは」「きりしま」「みどり」「かもめ」といった一時代を築いた特急列車たちが軒並み姿を消した時でもあります。急行列車も、挙げ切れないほどの名称が消滅した改正でした。

一方では、東北地区で夜行急行の「北星」「北陸」が特急列車に格上げとなり、ブルートレインの仲間入りをするとともに、関西地区でも特急「安芸」が新たに誕生。東京口の急行「紀伊」も相棒の「いなば」を連れて、新たにブルートレインが誕生しています。

そしてここ北陸でも、従来は大阪又は名古屋からの新幹線連絡を行っていた特急列車に、米原接続と言う新しい取り組みのL特急「加越」が誕生しています。

当時、グリーン車を1両連結するものの、7両編成と言うのは電車特急としては格落ち感があり、かなり地味に感じたものです。新幹線接続の末端特急の始まりであったように思います。その後、「みどり」の4両編成が復活誕生してからは、短編成接続特急が当たり前のように全国に拡がりました。

さて、記念入場券の方は、当時流行りの形態であり、特に記すような部分はありません。ただ、列車の写真の選択についてはかなり無理があったようで、赤スカートのクハ481が使用されています。ヘッドマークは鮮明ではないのですが、どうも「しらさぎ」のようです。

実際の特急「加越」は、登場当初において非貫通型に統一されており、貫通型やボンネット型は見られなかったと記憶しています。その後、車両のやりくりの関係もあり、金沢区の489系が用いられるようになったこともあって、ボンネットの「加越」が誕生していますが、その頃は既にイラストマークが使用されていたと記憶しています。

新性能化に際して「しらさぎ」に統合されてしまい、特急「加越」の名称は消滅してしまいました。最後まで地味な特急列車であったように思います。

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2010年2月11日 (木)

寝台特急「みずほ」:特急券・B寝台券、立席特急券

もうこんばんわ。

更新が滞ってしまいました。

本編でもブルトレネタが尽きて久しいので、しばらく鰤に寝台特急のネタにしたいと思います。

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昭和50年発行の長崎「みずほ」B寝台の常備券です。発行は交通公社長崎支店ですが、券自体は長崎浜町支店のものを使用しています。当時としても存在しなかったらしく、同社のホームページでも廃止支店の情報などは無く、調べることが出来ませんでした。

「みずほ」は、元々東京~大分・熊本間を結んでおり、寝台特急「富士」の誕生により東京~熊本間に改められました。さらに、昭和50年3月の白紙改正において、「はやぶさ」が東京~西鹿児島・長崎であったものから長崎区間を受け継ぎ、東京~熊本・長崎間の運転となっています。これは、当時既に14系化されていた「みずほ」の方が、分割併合に優れていたためと考えられます。

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こちらはさらに古い昭和49年で、14系化はされていましたが、まだ14両編成の全てが東京~熊本を結んでいた頃です。当時は航空運賃が国鉄に比べて遥かに高額であったため、平日と言えども寝台券の入手が困難な時代であったようです。

こちらはD券ですが準常備型で、運転区間の多い寝台特急に対応するため、九州では一般的に多かったように思います。昭和50年代から、九州方面の準常備券は列車名印刷スペースが極端に狭くなり、手書きでも困難なデザインになってしまいました。しかし、まだこの頃は非常にゆとりのある券面で、大変好感が持てます。

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こちらは西川口駅発行の準常備券で、私が実際に乗車したときのものです。残念ながら、西川口駅では寝台券の常備券は無かったようで、何度か買ってみましたが、1度も常備券には当たったことがありませんでした。

ただし、券面の面積が多いことから、裁断部分は2つ程度となっている筈で、その料金表示から、特急料金2,700円、寝台券5,000円の801kmまでに限定された券と考えられます。あとは上下段の区別でしょうね。しかし、このときって、3段式だったかな・・・。

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最後に、D型の立席特急券です。ブルトレも朝から昼間などは通常の特急列車として開放されていました。下りの「みずほ」は宇部~熊本・長崎間だったようです。当時は末端区間の特急列車の整備も遅れていたため、電車・客車の違いはあっても、特急列車は「早い!」と言えたんですね。しかし、その後の特急型電車の性能アップにより、客車列車自体が邪魔な存在となってしまったんです。

特急「みずほ」・・・廃止されたから何年経ったでしょうかね。九州ブルトレの中でも幸薄い列車だったように思います。

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2010年2月 9日 (火)

私的名曲選 番外編 爆笑 『さくらんぼ』by大塚 愛

こんばんわ。

今日はメッチャ暖かかったようで。夜、帰り道に全く寒さを感じなかったのも久し振りな感じ。マフラーももちろんカバンにしまっちゃいました。

ところで、この間、大塚愛さんの『さくらんぼ』をアップしたばかりですが、先日YouTubeで探し物をしていたら、こんなのがあったんです。初めはプロモと思ったのですが、題名が変だったのでクリックしたら、これが大爆笑!夜中に声を上げて笑ってしまいました。

作者のセンスが光ってますね。私もビデオ編集のテクがあったら是非やってみたいです。

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2010年2月 8日 (月)

時刻表ネタ 急行「あさぎり」と急行「あさぎり」

こんばんわ。

週末、鉄道系ブログや情報サイトを覗いてみると、急行「あさぎり」のリバイバル運転が目に付きました。

そう言えば・・・遠い過去の記憶が甦ってきました。

関東在住の私からすれば、急行「あさぎり」と言えば新宿発御殿場行きの小田急SSE車を使用した乗り入れ急行ですね。でも、今回のリバイバルは気動車による急行「あさぎり」です。九州を走っていた急行ですね。

おそらく、この機会に???が解消した方もいらっしゃるでしょう。実は、国鉄時代に珍しくも同一名称の急行列車がずーっと長きに亘り同居していたのです。

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いずれも1978年(昭和53年)8月号の交通公社時刻表から抜粋しています。

こちらは言わずと知れた新宿発御殿場行きの急行「あさぎり」です。長らく小田急のSSE車5連により、定員制の私鉄←→国鉄乗り入れの全国的にも珍しい運転形態の急行列車として運転されました。当時から1日に4往復の定期列車が設定され、車両も種別も変わってしまいましたが、現在も特急「あさぎり」として活躍を続けています。

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一方、こちらは九州で門司港~由布院・天ヶ瀬間を日田彦山線経由で運転されていた、気動車急行「あさぎり」です。この急行列車は見た目のとおりのローカル急行で、グリーン車も指定席車も連結されていません。

小田急乗り入れの「あさぎり」は、「朝霧高原」という地名に由来しており、九州の「あさぎり」は自然現象に由来するものとされていることから、同じ「あさぎり」というひらがな表記、発音であっても、言葉の意味は異なります。

かといって、見た目は全く同じ愛称となりますので、混乱はなかったのでしょうか?

この両者、列車同士が全く接することの無い遠い地域に接しており、また、小田急「あさぎり」は座席指定なしの定員制、九州「あさぎり」も自由席のみの急行であったことから、マルスによる指定券発売も無いことから、混乱は有り得なかったものと考えられています。

それにしても、昭和61年に九州「あさぎり」が廃止されるまでは、同名の急行列車が長きに亘って同居していたことになりますので、いくら全国広しと言えども、唯一の例であったものと思われます。

私も小学生の頃より時刻表を良く見ていたものですが、夏の臨時列車で「かっぱ」とい名称が付く列車でニアミス的な名前があった記憶はありますが、そのものズバリと言うのは無かったように思います。ただ、この列車の存在自体は、かなり幼い頃から知っていた自分が怖いです。

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2010年2月 7日 (日)

スーパーレア! 上野動物園「おさるでんしゃ」乗車券

こんばんわ。

先日、仕事関係のテツ仲間と久々の会合があったことは「マル鉄回顧録」の方で触れさせていただきましたが、その際、金町のHさんからとんでもないレアなお土産をいただいちゃいました。

それがコレ! down

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初めは何のおもちゃかと思ったのですが、聞くところによると正真正銘のホンモノで、当時実際に使用されていた「おさるでんしゃ」のきっぷらしいんです。何故おもちゃかと思ったかと言えば・・・メチャメチャきれいで状態が良いんですよ。おそらくは未使用の廃札券だと思われますが・・・。

当時の物価を反映してか、こどもはたった10円。2枚で大人も乗れるように注意書きが添えてあります。運営は現在も上野動物園を管理している財団法人東京動物園協会です。ちなみに、上野動物園は都立公園の一部にあたり、東京都建設局の所管となっています。

「おさるでんしゃ」の開業?当初は子供専用だったようですが、その後の要望により車両を大型化、大人も一緒に乗れるようにしたらしいですね。

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こちらは裏面で、番号が打ってあるだけの至ってシンプルなものです。上質紙のようで、紙質はかなり上等な感じです。両サイドには紙送りに使用されると思われる穴が等間隔で開いている事から、ロール状になったきっぷを券売機に装てんし、自動で発売されていたものと考えられます。

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こちらは画像だけいただいたものですが、とんでも無いスーパーレアな切符ですね。「招待乗車券」で、しかも「さようなら おサル電車」のスタンプ入りです。発行日は運転最終となる「1974.6.30」が印刷されています。最終日だけあって、この日に入園した人はタダで乗ることが出来たのかもしれません。来賓だけに配布して、大人だけタダで乗せたとは考えづらいですね(笑)。

同日を以って廃止となった「おサルでんしゃ」。「動物の愛護及び管理に関する法律(いわゆる動物愛護法)」の施行により廃止を余儀なくされたわけですが、このことに関しては「動物愛護団体から圧力を掛けられた」説や「法の施行により動物園が自主的に廃止を決めた」説もあり、本当のところは良く分かりません。当時の職員たちも40年前となれば殆ど退職されていますし、当時の若手がどの程度この重要な課題に直面していたかも分かりませんしね。

私もパンダを見に上野動物園に行ったことがありますが、この「おさるでんしゃ」があった記憶というのが全く無いんですよね。パンダ以外の記憶というのも正直なところありません・・・。

いずれにしても、このような貴重な資料を提供していただいた金町のHさんに真に御礼申し上げます。

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ところで、子供の頃から「おさるの電車」と思っていたのですが、1枚目のきっぷは「おさるでんしゃ」、招待乗車券の印刷は「お猿電車」、同スタンプは「おサル電車」。一体、どの表記が正しいのでしょうかね?

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