« 2010年4月11日 - 2010年4月17日 | トップページ | 2010年4月25日 - 2010年5月1日 »

2010年4月18日 - 2010年4月24日

2010年4月23日 (金)

続 普通列車用グリーン券:辻堂はどっちが正しい?

こんばんわ。

冷めないうちに、グリーン券ネタをもう一つアップしておきます。

Photo

先日アップいたしました、辻堂~東京までの普通乗車券・普通列車用グリーン券です。

ネタの紹介の都合で触れなかったのですが、実はこのきっぷ、エラーがあります。気付いていましたか?

乗車区間の辻堂の「辻」は新書体で一般的なものですが、発行駅名の「辻堂」はしんにょうが旧字体の「辶」と点が1個多いタイプになっています。常用漢字は基本的に点が1個のしんにょうとなりますが、第2水準辺りからは「辶」が見られるようですね。東北本線の「蓮田」駅のように、「辶」が正しいというケースもあるので、実際にはどちらが正しいか良く分かりません。

Photo

こちらは単独の普通列車用のグリーン券で、発売も比較的同時期となりますが、やはり上記の券と同様に、乗車区間の辻堂の「辻」は新書体で、発行駅名の方は「辶」になっています。

他に同駅発行の指定券や乗車券などを所有していないので、どの程度の範囲まで波及していたのかは分かりませんが、大変興味深いところであります。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道コレクションへ

| | コメント (4)

2010年4月22日 (木)

私的名曲選 Vol38 『かもめが翔んだ日』 by 渡辺真知子

こんばんわ。

眠いっす。

今日は名曲選だす。

どうせアクセス少ないから良いんだもんね。

渡辺真知子さんの『かもめが翔んだ日』。あまりにも有名過ぎる曲なので、私的名曲選には反する曲なのですが、やはり良いもんは良いんです。

歌詞も曲もリズムも良いですね。そして、何と言っても歌唱力でしょう。この時代は歌唱力で歌手をしている人がそこそこ居たんですがね。今の流行っている曲を聴いていても、歌唱力という点では良いのかどうか分かりません。特にラップのような音楽だと、私には歌としても曲としても区別が付かないし、心に残らない。

もう30年以上前の曲。色褪せない、心に残る曲です。多分、渡辺真知子さんだからでしょう。

にほんブログ村 鉄道ブログへ

| | コメント (4)

2010年4月20日 (火)

乗車券・普通列車グリーン券併設券 2態

こんばんわ。

このところ、ちょぼちょぼではありますが、また切符類のスキャニングをやっています。新しい仕事が未だ慣れなかったり、毎週歓送迎会があったりとなかなか進みませんが、切符類のコレクションも出来るだけアップして行こうと思っています。

そんな中から、今日のネタはこれです。

Photo

等級制時代は、1枚の乗車券で等級を区別していたため、乗車券自体が今で言うところのグリーン券のような役割を果たしていたのですが、制度が変わったことにより、『グリーン車をご利用の場合は、普通乗車券の他にグリーン券が必要となります。』ということになったわけですね。

しかし、そうした時代にあっても、需要のある区間については、使用する側にも発行する側にも便利なように、このような普通乗車券とグリーン券を併設した様式が常備されていたようです。

画像は東海道本線の辻堂から東京までの併設券で、大都市近郊区間内相互発着となるため、当日1回限りの有効となっています。普通列車用ですが、グリーン券なので緑地紋が使用されています。

Photo_2

一方、こちらは同じ東海道本線の茅ヶ崎から神田駅までの同様の併設券となっており、当日1回限りの有効となっているところも同じです。

ただし、決定的な違いとなるのは、東京駅を超えた乗車区間となるため、普通列車のグリーン車が走らない区間をカバーしているところにあります。よって、山手線か京浜東北線、或いは中央快速線に乗り換えての乗車となり、グリーン車に乗車することも不可能であることから、裏面には『東京・神田間普通車』の注釈が入っているのが特徴となります。

中間富裕層が増えてきて、一般客でもグリーン車利用が抵抗なくなってきた頃でもありますので、このような併設券の常備も増えてきた頃なのかもしれませんが、当時、国鉄職員であった私にとっては、まだまだグリーン車というのは贅沢品であり、とてもきっぷ欲しさに利用できるものではありませんでした。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道コレクションへ

| | コメント (2)

2010年4月18日 (日)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):481系「北越」篇

こんばんわ。

今日は、早朝から娘の水泳競技会の送迎、合間の貨物の撮影、お昼寝、運転免許証の紛失騒ぎ、またも娘の送迎と盛り沢山で、忙しくアップも遅くなってしまいました。

さて、『北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇』から始まったシリーズで、いよいよ9回目となります。今回は大阪と新潟を結んだ純な北陸特急、「北越」をご紹介したいと思います。

Photo Photo_2

今でこそ金沢~新潟を結ぶ特急としてのイメージが強い「北越」ですが、本来は大阪~新潟を結ぶ最短経路のビジネス特急として誕生しています。

昭和43年10月1日に、暫定的に臨時列車として誕生したようですが、翌44年3月1日より、晴れて定期列車となっています。さらに車両の増備により大阪~新潟間に1往復、金沢~新潟間に1往復の計3往復体制となります。

運転開始当初は、「雷鳥」とほぼ同じ時期に当たることもあり、写真のとおりの赤スカート車が使用されていましたが、私が初めて大阪で「北越」を見た昭和49年の時点では、非貫通型の300番代も使用されていました。

車両に関しての詳しい記述は見つからないのですが、向日町の481系・485系を使用していました。昭和53年10月の改正以降は、大阪~新潟間を結ぶ特急列車を「雷鳥」として整理されてしまい、「北越」は金沢~新潟間を結ぶ特急列車のみに使用されるようになりました。おそらく、この時点で489系が運用に入るようになったものと思われます。

その後、上越新幹線の開業からは北陸への最速アクセス経路としての役割に変わり、さらには車両も新潟持ちとなり、現在とほぼ同様の体系に変化しています。

しかし、北越急行線の開業により関東からのアクセス経路も変化し、最盛期は12両食堂車付きの編成から9両編成、今や6両編成というローカル特急然としたスタイルに変化してしまいました。

日本海縦貫特急で馴染みの薄い特急列車でしたが、小学生のうちに大阪で出会い、国鉄職員時代には長岡から乗車したこともあり、まあ、縁のあるの特急列車でした。

北陸新幹線が開業すれば、当然にして大打撃を受けることになるでしょう。北陸特急として伝統・歴史を持ちながらも、あまり良い扱いを受けていなかったような気がする列車ですね。

私的にはこの赤スカートの「北越」もスター特急であることに変わりは無く、この姿の時にお目に掛かってみたかった、という思いは今でも変わりません。

にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道コレクションへ

| | コメント (2)

« 2010年4月11日 - 2010年4月17日 | トップページ | 2010年4月25日 - 2010年5月1日 »