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2010年1月3日 - 2010年1月9日

2010年1月 9日 (土)

クズ入場券から得た喜び(その2) 普通入場券 弥彦線 「越後長沢駅」

こんばんわ。

年明けで久し振りの仕事。それも1週間丸々はなかなかキツいですわ。まあ、リハビリにはなったと思いますが、疲れてしまって3日も更新をサボってしまいました。

さて、今日は『クズ入場券から得た喜び』シリーズの第2弾で、新潟県にある弥彦線関係の入場券です。経緯はリンクからご覧ください。

19821 前回に引き続き、1982年1月号の公社時刻表からです。昭和57年ですと、私はギリギリ高校生でしたね。弥彦線というのは、越後線と信越本線をタテに串刺しした奇妙なスタイルの路線のイメージがありました。

弥彦線以外にも、既に廃止されてしまった新潟交通や、蒲原鉄道が目を引きます。この時代に行っておけば良かったと相変わらずの先に立たない後悔ですが、この当時は変貌する国鉄列車を追うだけでも一苦労の時代でした。

さて、それでは入場券をご紹介いたします。

Photo 弥彦線では北西の基点となる弥彦駅で、現在も存在しています。

1日15往復程度の列車が設定されていますが、約30年前の昭和53年の時刻表を見ても、あまり変わっていないようです。

しかし、昭和53年当時はまだ非電化で気動車による運行となっていますが、昭和59年4月に弥彦~東三条間のみが電化されています。

Photo_2 こちらが南東に基点となる越後長沢駅の入場券です。

昭和59年の電化からは取り残され、ちょうど1年後の昭和60年3月末をもって廃止されています。

前回ご紹介いたしました西小千谷駅などと同様に、簡易委託化されたようです。同じ新潟鉄道管理局管内であることから、同時期に整理されたのではないかと推測いたします。それにしても、思いっ切り印刷が曲がっていますね。

200911こちらは2009年11月号の公社時刻表路線図です。昭和57年と比較すると、驚くほどあっさりしちゃってますね。

実は、あまり新潟方面へ乗りテツや撮影などに行く機会が無く、初めて新潟駅にいったのですら結婚して娘も生まれてからですから、全く縁のない土地でした。ちょうど結婚した頃、磐越西線(非電化側)にD51・C58が走ったために撮影に行ったことがありましたが、蒲原鉄道ですら2駅間に縮小されていました。

そんな縁の無かった地域でしたので、この入場券の存在もまったく関心が無く、同区間が廃止になったことすら知りませんでした。

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2010年1月 6日 (水)

GMキット改造 謎の急行形 455系800番代(その5完:クロシ455-1)

こんばんわ。

バタバタで年を越してしまいましたが、455系800番代の最終回です。4551

最初の予告でご覧いただきましたとおり、青森方5号車(元3号車)の車両です。正面から見ると、まんま157系ですね。特に正面の塗り分けが、オリジナル157系と殆ど変わりませんし、色調も似ているのであまり違和感がないと思います。大きな違いといえば、交直両用の静電検知アンテナと、ベンチレーターの配置でしょうか。

4551_2 で、正体はコレです。

形式はクロシ455-1。想像できたかな?結構意外だったでしょ。

ビジネス急行の名に相応しいサービスを提供するため、グリーン車にビュッフェコーナーを合造としました。グリーン車室の定員は24名と比較的広く取り、さらに運転室がある分、ビュッフェのスペースはコンパクトになっています。まあ、運転当初は3両編成でしたので、座席定員から考えてもこの程度で十分だったでしょう。

4551_3 公式側から見たところです。客室部分のクーラーは3基、ビュッフェ部分は2基となっています。3基に増設しようと思ってのですが、スペースに不釣合いだったので2基としました。

中央客ドア右側にある窓は専務車掌室であり、その反対側はトイレになっています。高窓部分はサハシ455と同様に、窓向きカウンター式で回転いすを設備しています。

4551_4 こちらは非公式側です。

前述のとおり、こちらにはトイレが設置されています。洗面台のスペースが無いので、鏡と手洗いもトイレ内に設置してある想定です。

こちらのビュッフェ部分も高窓がカウンター部分となりますが、サハシ455系と比較すると約半分しかなく、その代わり、テーブル席用に窓1つ分のスペースを設けたのが特徴となっています。

模型的には、先頭からクハ157の乗務員扉まで、サロ157のトイレまで含めた側板、後部ビュッフェ部分はサハシ153の余剰車から調達しています。さらに、テーブル席部分は、改造で余った157系キットから調達しています。

切り継ぎ箇所も結構多く、KATO製品との接合という厄介な部分もあったのですが、私にしては珍しく、切り継ぎ痕も殆ど目立ちません。

過去にテツ模仲間と公開運転があり、その際に1度だけ走らせたことがあるのですが、知識の無い子供たちは別として、見慣れない異様な雰囲気の急行列車はかなり注目を集めていました。

屋根周りなど、もっと丁寧に作ることが出来れば、雑誌とかにも投稿してみようと思ったのですがね。今となってはその手間も面倒になって、このブログにてやっと陽の目を見たということになります。私的にはトータルで満足できた、数少ない改造作品でした。

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2010年1月 5日 (火)

私的名曲選 Vol28 『Misty Night Cruising』 by 杉山清貴&オメガトライブ

こんばんわ。

なんか、予報どおり雨が降ってきちゃいましたね。

この間、Fe4の忘年会で『あのコーナーは着いて行けない』と言われた名曲選のコーナーです。

有名で誰でも知っている曲など、大概は良いに決まってます。だから売れるし、知られている。だけど、そこはそれよ。コレクション館である以上はマニアックに行きたい。そう考える訳です。だから、1割の人に共感を得られれば良い。そしてさらにその半分の人に『知っている知ってる!』とか『知らなかったけど良い曲だね!』って言われたい。そんなつもりでやってます。

さて、今日は私が若かりし頃、一時ハマっていた「杉山清貴&オメガトライブ」から。

『ミスティナイト クルージング』って曲です。おそらく、LPを持っていた人じゃないと知りません。何せ、シングルカットされていませんから、そういう意味では世に出なかった曲・作品と言えるでしょう。

しかーし、何故こんなに良い曲をシングルカットしなかったのだろう?と首を傾げるほど良い曲だと思います。

闇に包まれた高速道路。流れる対向車のヘッドライト。

ハンドルの向こうに浮き上がるパネル。

そして、時折ネオン灯に浮かび上がる助手席の彼女。

ハイテンポのリズムに焦り。

そんな情景が自然に浮かび上がってくる。そんな気がします。

当時、まだ自動車の免許を取る直前だったでしょうかね。クルマと彼女。テツ一辺倒だった私にも、そんなシチュエーションに憧れた時がありました。しかし、実際にはそんなドラマみたいな話、私には無かったでちゅ・・・orz

杉山清貴さんの曲は、他にも好きな曲はいくつもありますが、いずれまたご紹介したいと思います。

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2010年1月 4日 (月)

国鉄 普通乗車券 小海線小海駅発行 松原湖→140円

こんばんわ。

今日は模型ネタにしようと思ったのですが、時間がなくなってしまったので、急遽またまたのきっぷネタに差し替えます。

過去ログ『国鉄 普通乗車券 小海線小海駅→170円』で小海線の乗車券をご紹介いたしましたが、これに関連して、もう1枚小海線の乗車券がありますので、ご紹介したいと思います。

Photo 小海駅に隣接する松原湖から140円区間の乗車券ですが、発行は小海駅となっております。

松原湖駅は昭和35年まで貨物取扱を行っていたようですが、その後は無人駅となっているようです。いつ頃無人化されたのかは良く分かりません。

松原湖駅が無人ゆえ、小海駅周辺に宿泊して松原湖の観光などをする際、帰りの乗車券を買うように促していたと思われます。発行枚数はやや少ないようですが・・・。

wikiによりますと、駅名にも使われている松原湖は、小海駅からバスに乗った方が便が良いようですね。そんなこともあって、バス路線の整備状況がこの時代にどうなっていたのか分かりませんが、ほどほどの需要しかなかった、と言えるのではないでしょうか。

前回ご紹介の「小海→170円区間」と同様に、当乗車券も裏面に乗車駅と金額が表示されているのが特徴となっています。

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2010年1月 3日 (日)

クズ入場券から得た喜び(その1) 普通入場券 魚沼線 「西小千谷駅」「片貝駅」

こんばんわ。

中学1年生の時だったろうか。蕨駅に近いところにあったスタンプショップに良く通っていました。お小遣いがそれほど無い時代ですから、記念入場券やD型の特急券など、あまり買うことも出来なかったんですよね。

そんな中、小児用入場券がクズのように原価の10円(額面も30円の小児料金で10円)で大量に売っていたものがあったんです。多分80数枚あったように思います。大人用に比べ、コレクションとして買う人も居なかったのでしょう。儲け度外視の叩き売りだったわけですね。お金が無い故に、思わず買ってしまったわけですが、私的にも結局は価値を見出せず、どうにもならない邪魔な存在になってしまっていたのです。

しかし、時代の流れはそんな彼らを貴重品にしてしまったんですね。国鉄では平成の早いうちに全国的に硬券が廃止となり、そこにたどり着くまでには、無人化されたり、或いは路線ごと廃止になってしまった駅のものも混ざっていました。

どこの駅かすら分からないものが殆どですが、今はネットで大概のことは判りますので、ボチボチとご紹介して参りたいと思います。

第1弾は、新潟県にありました、魚沼線に関係する入場券です。

魚沼線は、信越本線の来迎寺駅から分岐し、終点の西小千谷駅までわずか12.6kmを結ぶローカル線でした。

19821 交通公社 1982(昭和57)年1月号より

元は明治44年に開業した魚沼鉄道(762mmの軽便)であり、戦前に国有化、戦時中の休止もありましたが、昭和29年に1067mmに改軌の上、営業を再開しています。

昭和57年の時刻表によると、全線を直通する列車はわずか4往復。これに土曜の昼間に1本が運転され、来迎寺から1駅の片貝駅を往復する列車が朝に1本という状況。クルマでもおそらく20分程度で走れる距離ですし、積雪が無ければ自転車でも十分ですからね。儲かるような路線でないことは確かです。

Photo

Photo_2 そして、こちらが終点の「西小千谷駅」と1つ目の「片貝駅」の入場券となります。

両方とも「○委」のゴム印が押されていることから、あまり入場券が捌ける前に簡易委託化されてしまったんでしょうね。ゴム印の種類が違うことから、簡易委託化された時期に違いがあるかもしれませんが、残念ながら詳細は判りません。

私的には全く縁の無かった路線ですが、このような形で手元に中途半端な価値の入場券があるのは、やや複雑な想いですね。

こんな感じの入場券が、手元に何枚もあるわけです。調べながらのアップなので、間が開いてしまうと思いますが、徐々にでもご紹介していきたいと思います。

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