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2010年9月30日 (木)

時刻表ネタ 昭和55年 国鉄胆振線 循環急行「いぶり」

こんばんわ。

本当に久し振りの時刻表ネタです。

昨日、「マル鉄回顧録」にて『ローカルな風景 第43回(国鉄 胆振線:キハ22253)』という記事をアップしたところですが、こ れにちなんで、同線を走っていた大回り循環急行「いぶり」を時刻表からご紹介したいと思います。

今は急行すら片手に入るだけしか残っていませんが、昭和の時代は全国をくまなく網羅しておりました。
その中でも、発駅と終着駅が同一となっている、いわゆる循環列車が存在していました。
身近なところで言うと、長野←→信越本線←→小海線←→中央本線←→篠ノ井線←→長野を走る急行「のべやま」と「すわ」(回る方向で愛称が異なる)と、遠く九州の別府←→日豊本線←→豊肥本線←→鹿児島本線←→日豊本線←→別府(大分)を結んでいた急行「火の山」辺りが有名でした。

これと同様の列車が北海道にもあり、札幌←→千歳線←→室蘭本線←→胆振線←函館本線←→札幌を結んでいたのが急行「いぶり」です。

19807

※昭和55年7月号、交通公社時刻表から。

急行「いぶり」は、1日1往復(というか、双方向回りで1組。)が定期で設定されていました。超ローカル線である胆振線においては、唯一の急行列車となります。札幌から千歳線へ向けて発車する列車と、札幌から逆に倶知安方面に向けて出発する列車の1組が設定されていましたが、列車名は同一となっており、特に区別されていません。どちらに出発する列車も「上り列車」といのも、循環急行である面白さですね。

説明では札幌から千歳線・室蘭方面へ発車する列車のみを図示しております。
この時点においては千歳線もまだ電化されておらず、札幌から室蘭方面へのアクセスは、もっぱら急行「ちとせ」が担っていました。短編成の急行「いぶり」がこの区間を単独で走るのはあからさまに無理がありますので、急行「ちとせ」を主体とする列車にぶらさがる形になるのは当然ですね。しかもこの急行「ちとせ」は、元々が室蘭行きを主体に、洞爺行きを併結しておりますので、本体の「ちとせ」と併せて3階建となっています。

また、図示はしておりませんが、伊達紋別から胆振線を走破後、倶知安からは急行「らいでん」に併結されるため、急行「いぶり」として単独で走るのは、胆振線内のみとなっています。

同列車は編成の全てがグリーン車を含めて自由席となっているため、時刻表にも編成表が載っていません。私が胆振線に乗ったときには既に急行が廃止されていたため、どのような編成で走っていたか、大変興味のあるところです。

昔はこのような無駄とも思える経路の急行列車が沢山走っていたのですが、さすがに特急列車になってまで存続するケースは無いようですね。

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コメント

当時は普通列車が1時間に1本の間隔、電化してからは見違えるようになった路線の一つでしょうね。
違う方に注目しちゃいました。

投稿: シービー | 2010年10月 1日 (金) 21時52分

シービー様
昔は東北本線(上野口)ですら朝のラッシュ以外はかなり本数が少なかったですからね。都心の土地の値段が上がり、核家族化が進んで遠距離通勤者が如何に多くなったかと言うことを物語っていると思います。

投稿: キハ181つばさ | 2010年10月 2日 (土) 00時10分

急行「いぶり」といえば通常はキハ22単行か多客期で2両だったのでは。
「らいでん」も私が雑誌で見た頃はキハ22が主体だったような気がします。
あとこの時刻表を見て気づいたのですが、「ちとせ」のグリーン車が自由席ですね。
それと8210レ「すずらん54号」、18分後後続の「すずらん2号」があるせいか、結構客車の割りに頑張って走ってる感じです。
函館到着までに多分抜かれてはいない気がするんですが。

投稿: 金太郎 | 2010年10月 6日 (水) 17時20分

金太郎様
こればかりは見ていないので何とも言えませんが、あのチョーローカル線で2両編成は明らかに無駄ですね。ちなみに、私が撮った「らいでん」は56系だったですね。
この「すずらん」は最後まで付かず離れず、5分差で函館に着きます。昔は極特殊な例を除き、同格退避は有り得ませんでしたね。

投稿: キハ181つばさ | 2010年10月 7日 (木) 21時12分

昭和40年代後半、キハ22の1両編成の時に北海道周遊券で、札幌⇒苫小牧⇒伊達紋別⇒倶知安間を乗ったことがあります。記憶が正しければ、ちとせはキハ28?か58で、オマケみたいに国鉄色のキハ22が連結されていました。倶知安で降りたのは、翌日に、上目名・熱郛間の峠越えを体験したかったためで、今考えると、全区間通しで乗っておけばよかったと後悔するばかり。

投稿: 小鉄 | 2012年4月26日 (木) 16時08分

小鉄様
それは貴重な経験ですね。
全線乗ると言うのも面白いですが、乗った駅に何もせずに戻ってしまうというのはどうしたものでしょうか?(笑)

投稿: キハ181つばさ | 2012年4月27日 (金) 00時50分

キハ181つばさ様
胆振線廃止寸前に、支笏湖から洞爺湖へ車で向かう際、新大滝、久保内、壮瞥の入場券を買いました。すでに急行いぶりは無くなっていて、窓口も委託のオバチャンでした。ただ、ピンク地の硬券で、カシャンと心地よい音を出す印字器がなく、手押しスタンプで日付を打っていました。

投稿: 小鉄 | 2012年4月27日 (金) 21時57分

小鉄様
新大滝はダッチングマシンがありましたけどね。
今は中小私鉄でもやはり故障で使えなくなった駅が多いのか、小さい日付印で押しているところが多くなりました。

投稿: キハ181つばさ | 2012年4月29日 (日) 18時43分

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