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2010年3月 9日 (火)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):481系「はくたか」篇

こんばんわ。

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇』から始まったシリーズで、4回目の今日は特急「はくたか」をご紹介したいと思います。

今の若い世代の方は、「はくたか」と言えば681系「スノーラビット」のイメージなんでしょうね。489系が代走に入ったりすると、それはもう騒ぎにもなるようですが、私の年代ですと、489系にショッカーのマークみたいなヘッドマークが付いていたりしてガッカリしたのは当たり前ですし、中学生の頃は向日町運転所の485系もフツーに撮っていたりしたんですよね。

さすがに「白鳥」から分離独立し、横軽を通っていた頃のキハ82の時代は知りませんが、481系の赤スカート車は1度きりですが、小学生で初めてカメラを持ったときに偶然撮影しています。※画像は『485系・489系「はくたか」:総集編 国鉄時代』からどうぞ。

Photo Photo_2

私が初めて見た「はくたか」というのはズバリこれ↑なんですよね。当時も東北本線沿線に住んでいましたから、「はつかり」「やまびこ」以外の特急は181系なり485系といった車両でボンネット車は当たり前に見られたものですが、スカートを赤くしてあるこの車両を見たときのインパクトって言ったらなかったですね。当時から583系が好きな車両でしたが、その座を揺るがすほどこの車両が好きになってしまったんです。

ただ残念なことに、当時は写真代がべらぼうに高かったので、1年でもフィルムを2本とって良いか親と相談しなくてはいけない頃。とても何枚も同じ列車の写真を撮るような経済的余裕はありませんでした。

その後、比較的近い時期に1度「はくたか」を撮影していますが、何故かその時は489系を使用しており、非常にガッカリした記憶があります。結局、昭和50年3月改正で赤スカート車は全て九州に渡ってしまい、関東でこの車両が見られようになったのは、短編成化により差し替えられて、「ひたち」用としてヒゲのない変わり果てた姿で送られてきた時でした。

思い出話が長くなってしまいましたが、小学生の頃、それはもう憧れと逢えないもどかしさが複雑に交錯した、非常に思い入れのあった車両・列車だったのです。

このロール式ヘッドマークも関西特有のもので、やや形態的に乱れた雰囲気になってしまったものの、当時の合理化策(或いは労働安全策)ともいえる形態は、他では見ることができませんでした。

今でこそ、北陸都市への最速移動手段として定着している新幹線→「はくたか」のアクセスラインですが、北陸新幹線が開業すれば、当然にしてその運転形態も消滅してしまうことになります。

車両ともに、列車の歴史は消滅するためにある、そんな寂しい思いを何回経験してきたことでしょうか・・・。

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コメント

「はくたか」といえば、この赤いスカートが魅力でした。
私が撮り出した頃には、ほとんど顔を見せなくなってしまって、撮れなかったクハ481でした。
ボンネットでも、絵入りマークはチョットでしたが、文字のみの「はくたか」はカッコ良かったでしたね。

投稿: シービー | 2010年3月 9日 (火) 23時11分

シービー様
ボンネットのヘッドマークはスペースが広いので、4文字マークと言うのが安定するのかもしれませんね。4文字の特急でボンネット型を思い浮かべると、意外と少ないことがわかります。
昭和54年に初めて九州に行ったとき、「にちりん」で赤スカートを何本も見ましたが、ヒゲが付いていないので非常にガッカリしました。

投稿: キハ181つばさ | 2010年3月10日 (水) 23時16分

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