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2010年2月

2010年2月28日 (日)

私的名曲選 Vol33 『I'M A LOSER』 by UFO

ちぃ~す・・・

こう天気が悪いとやる気も起きませんね。これから雨の中EH500を撮りに行くのかと思うと憂鬱(←未だに書けない。)。

このところ名曲選を飛ばしてしまったので、今日は久し振りに。

中学生の頃、兄の影響でロックを良く聴いていました。先般アップいたしましたSWEETやUFO(もちろん、ビートルズも知っていましたが)、そしてDEEP PURPLEばかりでしたけど。

今日はUFOから『I'M A LOSER』を探し出してきました。多分、LPの中の曲なんで、知っている人はあまりいないかもしんない。

思いっきりカントリーな出だしなんですが、ちゃんとHardになっています。さすがマイケル・シェンカーと言える弾き味。ヒューストン駅に着いた情景を示す歌詞が入っているので、この地方に行くために列車に乗って行く様子が、英語の知らない私にも分かります。

あまりスローな曲は好みませんが、トータルでこの曲は好きです。

ちなみに・・・

同じアルバムに収まっている『CAN YOU ROLL HER 』(邦題「電撃のロックン・ローラー」)です。この曲は当時の「ポップス・ベストテン」でも上位に入っていた曲なので、それなりの年代の方は知っているかもしれません。

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さっき、外でタバコを吸っていたら、大粒が「ボトッ、ボトッ、」って落ちてきます。みぞれでしょうかね?困ったもんだ。

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2010年2月27日 (土)

2が並ぶ~~~(その6) 郵便書簡:消印

おはようございます。

明日で2月も終わり。プチフィーバーとなった22222シリーズも「その3」で終らせる予定だったのですが、シービーさんの『22.2.22の郵便消印(市川二俣・西船... 』を拝見してなんとなく思ったんです。

「自分では買わなかったけど、毎日到着する郵便に消印があるんじゃないか・・・。」

アルバイトの女の子に頼んで、23~24日に到着した封筒を探してもらいました。そしたら、5通の郵便書簡のうち、2つが「22.2.22」の消印だったんです。

Photo

上が武蔵野市の武蔵野局、下が豊島区の豊島局ですね。

記念消印とは違い、あまりキレイではありませんが、印字自体はハッキリと2並びが判るので良いと思います。

私が生きている間には2度と訪れない日付ですから、未使用の切手と共にアルバムに保管しておこうと思います。

みなさんの会社でも、もしかしたらあるかもしれませんよ。23~25日くらいに到着したハガキ・書簡(封書)をチェックしてみましょう。

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2010年2月26日 (金)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):485系「しらさぎ」篇

おはようございます。

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇』から始まったシリーズで、続きになります。今日は、485系「しらさぎ」篇です。

481 481_2

北陸特急の始祖というと、どうしても「雷鳥」が挙がってしまいますが、実はこの「しらさぎ」も「雷鳥」と同日からに運転となっています。昭和39年10月1日、東海道新幹線の開業と共に北陸本線富山電化が完成し、これと同時に 運転が開始される予定でした。しかし、481系特急型車両の製造が間に合わず、当初ダイヤは設定されていたものの運休扱いとなっており、昭和39年12月25日に晴れて運転が開始されたということです。

図柄はスカートにタイフォンの付いた初期型のボンネット車ですが、タイフォンシャッターの準備工事がされているようなので、おそらく485系ではないかと思われます。昭和48年の記念乗車券発売当時、登場当初のクハ481はまだ赤スカートを付けたままであり、塗り潰しは行われていなかった筈ですので、485系初期のボンネット車と推測できるわけです。

「しらさぎ」は「雷鳥」に比べて本数が少なかったこともあり、北陸に行った際も1回も逢わずに終ってしまいました。東海道区間では偶然に撮影できたものがありますので、親ブログ『489系・583系「しらさぎ」:総集編』を覗いてみてください。

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2010年2月25日 (木)

とまれ!止まれ!

おはようございます。

普段、まっすぐ前を見て歩く私ですが、どちらかというと胸を張って天を仰ぐというよりは、足元に気をつけて歩いています。

クルマを運転していると、交差点では左右の安全確認が最優先なので、道路をまじまじと見ている余裕ってないもんですよね。

220101

歩きの場合、たまにはこんな風景に逢うことがあります。

この写真を撮ったのは平成22年1月、女房の実家の近くです。

普通は片側の方向からしか見ないから、案外気が付かないもんですね。うちの近所にも実はあるのですが、普段通らない場所なので未だ写真を撮っていません。いずれご紹介したいと思います。

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2010年2月24日 (水)

ヘタレな結果の「22222」に「222」のオマケ付き!

こんばんわ。

昨日はスキャニングしないうちにくたばってしまったので、今日は取り込みを行いました。

なので、画像を中心にご覧いただこうと思います。

始めにお断りします。正直、ヘタレな結果でした。

1202010222

まず出向いたのは京王電鉄。入場券のボタンが見当たらなくて、普通乗車券の初乗りを購入してみました。目が点になっちゃいましたよ。(○゚ε゚○)

いきなり西暦表示をやられてしまいました。

気を取り直して小田急電鉄へ。

嫌な予感。券売機が京王電鉄と全く同じタイプみたい。パネル表示も殆ど同じ。

1202010222_2

やっぱり・・・orz。参ったね。全く意味が無い。

悔しいから領収証ボタンも押してやった。

20100222

こちらは乗車券とは異なって、完全なパソコン西暦表示だわ。でも、良く考えたら、2020年2月2日→2020年02月02日というおもしろい表示になる。

で、JRの券売機も京王、小田急と同じ型の機械に見えてきた。まさか、JRまで?

試しにスイカチャージ、領収証を打ち出してみた。

20100222_2 

下半分の構成はかなり違うけど、領収証の題目から時刻表示まで、小田急のとそっくりじゃね?(゚▽゚*)

そんなこともあって、新宿駅での購入は見送り。都営と営団も離れているので、嫌気が差して帰ってきてしまいました。

蕨駅に着いたのが20時45分頃だったかな。そしたら、みどりの窓口が21時まで営業だったんですよ。

で、シービーさんから「窓口券が良い」と言われていたので、ここは並んでみることにしました。3人待ちだったんですけど、これが大変だった。2組まえの大学生と見られるカップル。二人してウダウダで、どういう風に切符を購入すれば良いか悩んでいるんですよね。如何せんハッキリしないんですわ。だから、窓口氏(女性職員)も明らかに不機嫌な態度でしたね。

さらに私の直前のアンちゃん。回数券を間違って買ってしまったらしいのだが、1枚使ってしまった。窓口氏は誤購入として残りを交換すると言っているのに、払い戻しできないかだとか、手数料はいくら取られるとか、今日交換できないなら明日にしたいだとか、とにかく無手数料で交換すると案内しているのになんか金が欲しいようなことを言って駄々こねるんですよ。

結局、たった2人半の順番待ちで15分も時間を費やしてしまった。

で、やっと手に入れた入場券。簡単な申し出に、さっきまで不機嫌だった窓口氏に明るさが戻った。丁寧に応対してくれましたよ。もっとも、私は90秒で用が済んでしまいましたが。

22222

これがやっと手に入れた窓口発行の入場券。券売機券よりもキレイですね。

これをもらって気が付いたのですが、発行日の22.-2.22以外にも、駅名下に2月22日の表示があるので、なんか得した気分。でも、何で2月22日1回限り有効?

実は、窓口氏との会話の中にヒントがありました。

「入場券子供、今日の御使用でよろしいですか?」「ハイ!」

ってことはよ、入場券の前売りってあるのか・・・始めて知った。なんの目的で?

まあ、疑問も残るのですが、今回の場合は当日じゃないと意味が無いので、これで良しということ。もう一つ得をしたと思ったのは、窓口閉鎖後の21:01の発行になっていること。本来なら無い時間と言うことですね。

で、22時22分狙いですが、さすがに1時間以上時間を潰すのは酷。家に帰って出直す手もありますが、寝不足であまりにも疲れていたので、行く気がなくなってしまいました。

自分で動かなければ何も手に入らない。分かっているけど精神的について行けなかった。他人のこと言えない。こんな私はヘタレです。

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2010年2月23日 (火)

22222・・・2010!・・・惨敗orz

昨日は平成22年2月22日、2が5個も並ぶ日で、失礼ながら、元号が変わらない限り二度と訪れない。

そんな日、お昼休みにワンセグやネットを見ていると、かなり入場券や記念きっぷを集め回っている人も居るようで、飛ぶように売れているらしい。私も朝のニュースで東急電鉄が発売する入場券を見て、とても欲しくなってしまった。しかし平日、悲しいかな仕事。

帰り道、あるアイディアが・・・新宿駅コンプ!

新宿駅は、JRを始め、小田急、京王、東京メトロ、都営と5つの会社が交じり合う、日本有数のターミナル駅。この駅で全部入場券を集めてしまおうと。

しかし、いざ京王に行ってみると、窓口では入場券は発売していないと言う。そして券売機を見ても、入場券のボタンが見当たらない。仕方なく初乗り小児乗車券を買う。

2010-2-22!

2が揃ってねぇ・・・・・・・・・・・・

小田急に行ったら、嫌な予感。券売機の形や表示が一緒・・・。

2010-2-22!

やっぱり・・・orz

で、JRでスイカチャージして領収証を出してみたら・・・

2010-2-22!

サイテーーーーー!

この時点で気力をなくして帰宅しましたとさ。

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2010年2月22日 (月)

北陸線特急シリーズ記念入場券(昭和48年):「雷鳥」篇

こんばんわ。

鉄道雑誌各誌が発売になっていますが、どれをとっても北陸色一色という感じで。もちろん、寝台特急「北陸」、急行「能登」の廃止が大きく影響していますし、ここに来て西日本でも「雷鳥」の485系置き換えや新鋭521系増備による419系への影響など、旧型車王国であった北陸本線への注目度が増大していますので、致し方の無いところですね。

だからと言うわけではないのですが、私自身も西日本の特急列車は憧れの存在でありましたし、そのような経緯があって無理に手に入れたコレクションもあります。

今回は、昭和48年に発行された「北陸特急シリーズ」と称する記念入場券をアップしたいと思います。この記念入場券、10枚組みですが、1度に紹介するのは非常に骨なので、10回に分けてご紹介したいと思います。

Photo Photo_2

初回となりますので、今日は入れ物もご紹介いたします。

全国の特急網が整備されてきたのは昭和47年の改正でしょうかね。急行列車から数多くの格上げ特急が誕生しています。北陸特急もこの昭和48年時点で9種の名称が出揃っています。

どうも同年に開催された「日本海博」がきっかけでこの記念入場券が発売になったようですが、当時は私も小学4年生ですから、この話題は全く知りません。大阪万博はテレビでも相当騒がれていたので記憶にありますけど。

私が中学生になり、同級生の紹介でスタンプショップに足を運ぶようになったのが昭和51年。この記念入場券が飾られており、憧れの関西特急がズラリと並んだ絵柄は強烈なインパクトがあり、欲しくて仕方なかったんですよね。しかし、当時の店頭価格で3千円。立喰いの掛けそばが100円したかどうかのころですから、とても手の届く存在ではなかったんですよね。それでもどうしても欲しくて、中3か高校生になってからでしょうか、やっと手に入れたのです。ちなみに、中学生のときの小遣いが月2~3千円だったように記憶しています。

今日はこの中から1枚ご紹介いたします。

Photo_3Photo_4

北陸本線の代表格の特急列車といえばこの「雷鳥」でしょう。 交直両用型の特急列車の始祖でもあります。登場当初は赤スカートの481系でしたが、写真ではクリーム色のスカートとなっていますので、既に485系も登場していたということになります。

貫通型の車両が誕生したのが昭和47年くらいだったと記憶していますが、この昭和48年くらいだとボンネット型の方が多勢を占めていた頃かもしれませんね。

既に40年も経過しているわけですが、登場時から現在に至るまで485系で運転されているのはある意味奇跡と言えますね。しかし、その歴史の幕も直ぐそこまで迫っているようです。

10枚組みですので、追って他の列車分もご紹介してまいります。

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2010年2月21日 (日)

急行「津軽」:急行券・指定席券

こんにちわ。

最近は北陸ネタが続いて、今後も北陸ネタを予定しているため、今日は懐かしい急行列車の話題を。

上野発着の夜行列車といえば「津軽」がやはり代表格でしょうか?

昭和40年に2往復化されて以来、昭和57年11月の新幹線関連改正まで持続していましたが、東北・上越新幹線の開業により1往復化されてしまいました。

しかし、リーズナブルで便利な夜行急行であったため、その人気はそれほど衰えることは無かったようです。

昭和57年11月15日改正から20系化されましたが、A寝台改造の座席車が3両しか連結されなかったため大混雑となり、翌58年7月1日から14系座席のみの夜行列車となります。しかし、今度は寝台車連結がなくなったことに対する苦情が相次ぎ、昭和59年2月1日から14系B寝台との混結となります。

さらに、昭和60年改正では東北・上越新幹線の上野駅乗り入れが実現し、完全に新幹線へとシフトしていくことになります。ここで、急行「銀河」用の寝台車捻出のため再び寝台車が外され、その後、583系化、485系化を繰り返し、平成11月末をもって定期運用廃止となっています。

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昭和61年8月発行の急行「津軽」指定席券です。時代的には1往復化され、前述変遷にもありますとおり、14系寝台車が外れて完全モノクラスになった後のものです。この頃以降はEF58牽引の列車も完全に撤退し、大変興味の薄い列車となってしまいましたので、撮影すらしたことがありません。

それでも、まだ当時残っていた周遊券では安く乗れる移動手段として、休みシーズン中は賑わっていたことでしょう。

14系座席車で二ツ井からでも12時間以上掛かっているわけですから、今から考えるととても難儀な旅ですね。

ちなみに、私が初めて北海道に行ったときは12系の「津軽3号」で、上野~青森間を通しで乗りました。秋田を過ぎてからは殆どお客さんが居なかったように記憶しています。

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2010年2月20日 (土)

寝台特急「北陸号」 運転記念入場券

おはようございます。

昨日は22時過ぎに寝てしまい、気が付いたら2:30。それからずっと起きて、朝練待機してました。そりゃ身体壊すわ・・・。

昨今の鉄道ブームに乗り、さよなら「北陸」「能登」も絶好調の様相で、昨日手に入れた鉄道ファン4月号にも「北陸」を撮影しているファンの様子が載っていました。かなり遅い時間なのに、なんとも凄い人数ですね。私的には地元列車なので、今更慌てても・・・とも思いますが、早朝・深夜の列車だから、地元で無い人はなかなか撮ることが出来なかった厄介な列車であった、ということも理解は出来ますね。

さて、そんな廃止直前のお祭り状態ですので、この機会に寝台特急「北陸」が誕生した時の様子を振り返ってみましょう。

昭和50年3月、新幹線博多開業に合わせた全国白紙ダイヤ改正において、それまで2往復が設定されていた急行「北陸」は歴史的な変化を迎えます。※以前、本体ブログで記述したことが矛盾があったようなので、鉄道ファン誌から引用します。

寝台・座席「北陸1・1号」は、金沢~福井間を廃止の上、上野~金沢間の寝台特急として生まれ変わりました。これは、関西~九州間の寝台列車の削減による余剰車を活用したもので、「北星」とともに20系化されています。また、「北陸2・2号」は全車寝台の豪華急行でしたが、こちらには「北陸1・1号」の性格に代わって座席車を連結し、リーズナブルな夜行急行「能登」として急行「北陸」の意思を継ぐことになります。

そして、急行「北陸」は、20系ブルートレイン「北陸」として活躍を始めます。※20系時代の「北陸」の写真はコチラ

では、寝台特急「北陸」の運転を記念して発売された記念入場券をご覧ください。

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非常に素朴なデザインになっちゃってますね。もっとも、運転前に印刷をかけているわけですから、写真が用意されていなくても仕方ありません。金沢駅の発行で、この時はまだ30円だったんですね。デザインはカニ21になっているのもレアです。なんでナハネフの寝台客車の方にしなかったんでしょうね。

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こちらは裏面になります。下りは水上駅停車になっていますね。当時はEF58の牽引であり、国境越えで必ず補機が必要となりますから、上下とも停車はしています。10号車は当分の間欠車扱いになっていたように記憶していますね。

各駅の時刻表示もしてありますが、現在のダイヤと比較すると、所要時間が1時間半も違うんですよね。到着時間が有効時間帯に掛かるように設定されていますので、着時間よりも発時間で調整していたようです。それでも、当時の列車とスピード差はそれほど無い筈なので、水上や石打、或いは本命長岡といったところで、かなり余分に時間調整を行っていたのではないかと思います。

一昨年、思い立って往復「北陸」乗車を強行してきましたが、今のダイヤですと、相当寝付きの良い人じゃないと有効に寝れないですね。事実、久し振りの寝台特急で緊張してしまって、私は越後湯沢までは寝れませんでした。(その代わり、返しは流石に疲れきって、糸魚川から大宮到着直前まで爆睡。)

私は「北陸」「北星」が20系特急として誕生した時、距離的にも中途半端なのであまり長続きしないだろうと予測していました。「北星」は東北新幹線の開業により早くに廃止されてしまいましたが、「北陸」「能登」はディズニーランド効果でかなり好調だったようです。しかし、今では夜行バスもありますし、おそらくツアーやパックも充実して、安上がりな手段が色々と出来てしまったんでしょうね。

廃止までもう1ヶ月を切ってしまいました。最後まで無事に走ってもらいたいものです。少なくとも、アタマの悪いにわかテツに妨害されないことを祈ります。

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2010年2月19日 (金)

藤田まことさんの死を悼む

昨日、体調不良のため遅い出勤となり、ついでに貨物列車を撮ることにしました。

貨物から次の貨物まで待ち時間があったため、ワンセグでニュースを見ようと思ったんですが・・・。

NHKの筈なのに、藤田まことさんの会見シーンみたいなのをやっていたので、???だったんですが、まさか・・・

そんな「まさか・・・」のニュースでした。

私にとっての藤田まことさんは、特に大好きな、というほどの俳優さんではなかったと思ったんですが・・・

思い起こせば、「必殺シリーズ」は子供の頃から良く見ていましたし、「はぐれ刑事純情派」もかなり昔から見ていました。その時代のトレンディードラマなんて殆ど見ませんでしたが、この2番組は殆ど欠かさず見ていたと思います。

味があるというより、「居て当たり前」の存在だったんですね。藤田さんのドラマは、とにかく見ていて安心感があったと思います。特に、「必殺シリーズ」の菅井きんさんと白川由美さんとの3人の絡みは、非常に味がありました。

「必殺シリーズ」を後世に残すべく、東紀之さんと競演しながら印象付けを行っていた最中のようですし、突然の訃報に驚くと共に、もう2度と「必殺シリーズ」や「はぐれ刑事純情派」を見ることが出来ないと思うと残念でなりません。

藤田まことさんは、本来なら60歳で定年となる刑事役を15年もオーバーして現役を務めた訳ですね。偉大としか言いようがありません。

心よりご冥福をお祈りいたします。 にほんブログ村 鉄道ブログへ

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2010年2月17日 (水)

私的名曲選 Vol32 『さらばシベリア鉄道』 by 大瀧 詠一

おはようございます。

やはり雪は積もらなかったですね。まあ、平日に積もってもらっても困るんですけど。

今日は名曲選の中から季節もの『さらばシベリア鉄道』のご紹介です。

昭和55年に大瀧詠一さんが太田裕美さんに提供した楽曲で、私自身も太田裕美さんのイメージしかありませんでした。翌年にLP『A LONG VACATION』に大瀧詠一さんの曲としてカバーされています。

私とこの曲の出逢いは、昭和58年頃だったか、未だ国鉄に入社したばかりの頃、同期の先輩(採用は同じだけど年上)の結婚式に招待され、軽井沢から高原ホテルへ送迎してもらった際、運転していた方のカーステレオから流れる曲として聴いたのが最初となります。

基本的に、大瀧詠一さんの南国的やヤワらかい曲調は好きになれません。ですから、殆ど興味も無く、『A面で恋をして』なんて、最悪大嫌いな曲でした。

しかし、太田裕美さんが歌っていたのを記憶していたのと、太田裕美さんの曲よりも非常にしっくり来ていたので、大変聴きやすく、印象に残ったんですね。後に、この曲を聴きたいだけのためにLPを買ってしまったほどでした。

結局、この曲は私のテーマ曲のように定着してしまい、カラオケ嫌いの私は、誘われてもこの曲くらいしか歌わない程になってしまったんです。

一方、こちらは太田裕美さんの『さらばシベリア鉄道』です。

今から聴くと、私的には最初に聴いた筈の太田裕美さんの方に違和感があります。やはり、大瀧詠一さんの方が重み、北の厳しさが伝わってくる感じがします。

外国鉄道は関心のない私ですが、この曲は、これからも私のテーマ曲であり続けると思う、そんな曲です。

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2010年2月16日 (火)

サボ 愛称板 181系用 L特急「とき」

こんばんわ。

ごちゃ混ぜブログなんで、思い立ってアップしようとすると、なんでも久し振りになってしまいます(笑)。

そんなんで、今日もメチャクチャ久し振りのサボネタです。

Photo_3

181系に使用されていた、L特急「とき」のサボです。当時は新潟運転所の所属となっていましたので、サボ右下には「○潟」のマークが入ります。

L特急だと、昭和47年の改正からになるでしょうかね。当然、それまでは「□L」のマークは付いていない筈ですが、その時代の実物は見たことがありません。

181系は、特急車両でも初期車となりますので、電動式サボは開発されていません。電車特急だと、481系が最初になりますかね。151系~157系、キハ81・82系、20系寝台客車は全て手差し式となっており、方向幕が電動式となったのは、電車特急は183系、気動車特急はキハ181系、客車は12系からとなります。いずれも昭和40年代半ばに入ってからの車両ですね。

「とき」の行き先札は「上野←→新潟」となっており、急行列車と違って列車名の入らないものでした。これらはキハ80系にも共通しており、列車名のいわゆる愛称札は別付けとなっていました。

Photo_4

こちらは裏面で、自由席車の表示になっています。特急列車としては自由席連結により格落ち感がありましたが、こうした通り一遍の愛称札を見ていると、赤白のサボに青い自由席の帯が映えます。

高校生の頃、スタンプショップで購入したものです。当時でも結構なお値段だったような気がします。使用感がないのでレプリカっぽいのですが、ちゃんとしたホーロー製で、ホンモノのように思えます。ただ、よごれもありませんので、予備品を放出したものではないかと考えられます。

いまでもお気に入りの、手放せないアイテムとなっています。

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2010年2月15日 (月)

過去ログ記事の補足2件について

こんばんわ。

比較的マメに過去ログのチェックをしているのですが、準備画像を点検していたら、2件の記事でアップ漏れ画像を発見いたしました。

平成22年2月13日アップ 『L特急「加越」 運転記念入場券

平成22年2月5日アップ 『切符入れ Vol.6 国鉄 ディスカバージャパン 0系新幹線&ワイン付き弁当

の2記事です。

大した内容のものではありませんが、資料的価値はあるものだと思いますので、興味がありましたらご覧ください。(追記部分は青色にしてあります。)

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2010年2月14日 (日)

ネクタイピンシリーズ(その4):西武鉄道 さよなら401系

おはようございます。

今日は久し振りにネクタイピンシリーズです。

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毎度ながらですが、これも西武鉄道に勤める友人から購入したものです。1000円だったかな?

昔は通勤で埼京線に乗っていると、西武新宿線との併走区間で良く見たものですが、いつの間にやらなくなってしまいました。西武鉄道自体が疎遠であまり乗らない私鉄だったため、どうしても写真を撮る機会がなかったですね。あの頃から現在のようにデジカメが普及し、結婚でもしていないもんだったら行動範囲に含まれていたのかもしれませんが・・・中判カメラを担ぐのが当たり前の頃でしたので、小回りの必要な駅撮りなど考えられなかった時代だったのが災いしたかもしれません。

国鉄の101系と良く似たカワイイ電車でしたが、記憶に残って記録に残せなかった車両でした。

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2010年2月13日 (土)

もう? トミーテック カーコレクション第10弾 画像

こんばんわ。

今日は1日雪降りと言う感じですね。積もりゃしないけど、めちゃくちゃ寒いですわ。

ところで、通販メールが来たので買う気はないけどテキトーに見ていたら、トミーテックのカーコレクション第10弾を見つけました。

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第10弾ってね、アンタ、まだ第9弾が発売されてないじゃないですか!

早過ぎるんじゃないの?

最近、バスコレも下火になってしまったようだし、建物や情景コレクションも限界になってきたような気がしますね。不景気で投資家(テンバイヤー)が少なくなってきたんでしょうな。

私も余ったヤツを売ろうと思っていたんですが、買い手が付きそうもないので塩漬け状態です。もったいないなー。

第10弾はパトカーが沢山セットされているので、1箱買いですね。ただ、小売価格が異常に高騰しているのが気になります。もう何箱も買うなんて芸当は出来そうもありません。

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L特急「加越」 運転記念入場券

こんばんわ。

今日は国鉄時代の記念入場券で、かなり古いものになりますが、特急「加越」の運転記念入場券をご紹介したいと思います。

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※↑裏側載せるの忘れていたので追加。

発売は、新幹線が博多まで開業した昭和50年3月10日となります。私が鉄道趣味に目覚めてからとしては、一番大きな改正でした。このとき、山陽特急の「つばめ」「はと」「月光」「日向」「なは」「きりしま」「みどり」「かもめ」といった一時代を築いた特急列車たちが軒並み姿を消した時でもあります。急行列車も、挙げ切れないほどの名称が消滅した改正でした。

一方では、東北地区で夜行急行の「北星」「北陸」が特急列車に格上げとなり、ブルートレインの仲間入りをするとともに、関西地区でも特急「安芸」が新たに誕生。東京口の急行「紀伊」も相棒の「いなば」を連れて、新たにブルートレインが誕生しています。

そしてここ北陸でも、従来は大阪又は名古屋からの新幹線連絡を行っていた特急列車に、米原接続と言う新しい取り組みのL特急「加越」が誕生しています。

当時、グリーン車を1両連結するものの、7両編成と言うのは電車特急としては格落ち感があり、かなり地味に感じたものです。新幹線接続の末端特急の始まりであったように思います。その後、「みどり」の4両編成が復活誕生してからは、短編成接続特急が当たり前のように全国に拡がりました。

さて、記念入場券の方は、当時流行りの形態であり、特に記すような部分はありません。ただ、列車の写真の選択についてはかなり無理があったようで、赤スカートのクハ481が使用されています。ヘッドマークは鮮明ではないのですが、どうも「しらさぎ」のようです。

実際の特急「加越」は、登場当初において非貫通型に統一されており、貫通型やボンネット型は見られなかったと記憶しています。その後、車両のやりくりの関係もあり、金沢区の489系が用いられるようになったこともあって、ボンネットの「加越」が誕生していますが、その頃は既にイラストマークが使用されていたと記憶しています。

新性能化に際して「しらさぎ」に統合されてしまい、特急「加越」の名称は消滅してしまいました。最後まで地味な特急列車であったように思います。

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2010年2月11日 (木)

寝台特急「みずほ」:特急券・B寝台券、立席特急券

もうこんばんわ。

更新が滞ってしまいました。

本編でもブルトレネタが尽きて久しいので、しばらく鰤に寝台特急のネタにしたいと思います。

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昭和50年発行の長崎「みずほ」B寝台の常備券です。発行は交通公社長崎支店ですが、券自体は長崎浜町支店のものを使用しています。当時としても存在しなかったらしく、同社のホームページでも廃止支店の情報などは無く、調べることが出来ませんでした。

「みずほ」は、元々東京~大分・熊本間を結んでおり、寝台特急「富士」の誕生により東京~熊本間に改められました。さらに、昭和50年3月の白紙改正において、「はやぶさ」が東京~西鹿児島・長崎であったものから長崎区間を受け継ぎ、東京~熊本・長崎間の運転となっています。これは、当時既に14系化されていた「みずほ」の方が、分割併合に優れていたためと考えられます。

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こちらはさらに古い昭和49年で、14系化はされていましたが、まだ14両編成の全てが東京~熊本を結んでいた頃です。当時は航空運賃が国鉄に比べて遥かに高額であったため、平日と言えども寝台券の入手が困難な時代であったようです。

こちらはD券ですが準常備型で、運転区間の多い寝台特急に対応するため、九州では一般的に多かったように思います。昭和50年代から、九州方面の準常備券は列車名印刷スペースが極端に狭くなり、手書きでも困難なデザインになってしまいました。しかし、まだこの頃は非常にゆとりのある券面で、大変好感が持てます。

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こちらは西川口駅発行の準常備券で、私が実際に乗車したときのものです。残念ながら、西川口駅では寝台券の常備券は無かったようで、何度か買ってみましたが、1度も常備券には当たったことがありませんでした。

ただし、券面の面積が多いことから、裁断部分は2つ程度となっている筈で、その料金表示から、特急料金2,700円、寝台券5,000円の801kmまでに限定された券と考えられます。あとは上下段の区別でしょうね。しかし、このときって、3段式だったかな・・・。

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最後に、D型の立席特急券です。ブルトレも朝から昼間などは通常の特急列車として開放されていました。下りの「みずほ」は宇部~熊本・長崎間だったようです。当時は末端区間の特急列車の整備も遅れていたため、電車・客車の違いはあっても、特急列車は「早い!」と言えたんですね。しかし、その後の特急型電車の性能アップにより、客車列車自体が邪魔な存在となってしまったんです。

特急「みずほ」・・・廃止されたから何年経ったでしょうかね。九州ブルトレの中でも幸薄い列車だったように思います。

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2010年2月 9日 (火)

私的名曲選 番外編 爆笑 『さくらんぼ』by大塚 愛

こんばんわ。

今日はメッチャ暖かかったようで。夜、帰り道に全く寒さを感じなかったのも久し振りな感じ。マフラーももちろんカバンにしまっちゃいました。

ところで、この間、大塚愛さんの『さくらんぼ』をアップしたばかりですが、先日YouTubeで探し物をしていたら、こんなのがあったんです。初めはプロモと思ったのですが、題名が変だったのでクリックしたら、これが大爆笑!夜中に声を上げて笑ってしまいました。

作者のセンスが光ってますね。私もビデオ編集のテクがあったら是非やってみたいです。

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2010年2月 8日 (月)

時刻表ネタ 急行「あさぎり」と急行「あさぎり」

こんばんわ。

週末、鉄道系ブログや情報サイトを覗いてみると、急行「あさぎり」のリバイバル運転が目に付きました。

そう言えば・・・遠い過去の記憶が甦ってきました。

関東在住の私からすれば、急行「あさぎり」と言えば新宿発御殿場行きの小田急SSE車を使用した乗り入れ急行ですね。でも、今回のリバイバルは気動車による急行「あさぎり」です。九州を走っていた急行ですね。

おそらく、この機会に???が解消した方もいらっしゃるでしょう。実は、国鉄時代に珍しくも同一名称の急行列車がずーっと長きに亘り同居していたのです。

19788

いずれも1978年(昭和53年)8月号の交通公社時刻表から抜粋しています。

こちらは言わずと知れた新宿発御殿場行きの急行「あさぎり」です。長らく小田急のSSE車5連により、定員制の私鉄←→国鉄乗り入れの全国的にも珍しい運転形態の急行列車として運転されました。当時から1日に4往復の定期列車が設定され、車両も種別も変わってしまいましたが、現在も特急「あさぎり」として活躍を続けています。

19788_2

一方、こちらは九州で門司港~由布院・天ヶ瀬間を日田彦山線経由で運転されていた、気動車急行「あさぎり」です。この急行列車は見た目のとおりのローカル急行で、グリーン車も指定席車も連結されていません。

小田急乗り入れの「あさぎり」は、「朝霧高原」という地名に由来しており、九州の「あさぎり」は自然現象に由来するものとされていることから、同じ「あさぎり」というひらがな表記、発音であっても、言葉の意味は異なります。

かといって、見た目は全く同じ愛称となりますので、混乱はなかったのでしょうか?

この両者、列車同士が全く接することの無い遠い地域に接しており、また、小田急「あさぎり」は座席指定なしの定員制、九州「あさぎり」も自由席のみの急行であったことから、マルスによる指定券発売も無いことから、混乱は有り得なかったものと考えられています。

それにしても、昭和61年に九州「あさぎり」が廃止されるまでは、同名の急行列車が長きに亘って同居していたことになりますので、いくら全国広しと言えども、唯一の例であったものと思われます。

私も小学生の頃より時刻表を良く見ていたものですが、夏の臨時列車で「かっぱ」とい名称が付く列車でニアミス的な名前があった記憶はありますが、そのものズバリと言うのは無かったように思います。ただ、この列車の存在自体は、かなり幼い頃から知っていた自分が怖いです。

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2010年2月 7日 (日)

スーパーレア! 上野動物園「おさるでんしゃ」乗車券

こんばんわ。

先日、仕事関係のテツ仲間と久々の会合があったことは「マル鉄回顧録」の方で触れさせていただきましたが、その際、金町のHさんからとんでもないレアなお土産をいただいちゃいました。

それがコレ! 

Photo

初めは何のおもちゃかと思ったのですが、聞くところによると正真正銘のホンモノで、当時実際に使用されていた「おさるでんしゃ」のきっぷらしいんです。何故おもちゃかと思ったかと言えば・・・メチャメチャきれいで状態が良いんですよ。おそらくは未使用の廃札券だと思われますが・・・。

当時の物価を反映してか、こどもはたった10円。2枚で大人も乗れるように注意書きが添えてあります。運営は現在も上野動物園を管理している財団法人東京動物園協会です。ちなみに、上野動物園は都立公園の一部にあたり、東京都建設局の所管となっています。

「おさるでんしゃ」の開業?当初は子供専用だったようですが、その後の要望により車両を大型化、大人も一緒に乗れるようにしたらしいですね。

Photo_2

こちらは裏面で、番号が打ってあるだけの至ってシンプルなものです。上質紙のようで、紙質はかなり上等な感じです。両サイドには紙送りに使用されると思われる穴が等間隔で開いている事から、ロール状になったきっぷを券売機に装てんし、自動で発売されていたものと考えられます。

Photo_3

こちらは画像だけいただいたものですが、とんでも無いスーパーレアな切符ですね。「招待乗車券」で、しかも「さようなら おサル電車」のスタンプ入りです。発行日は運転最終となる「1974.6.30」が印刷されています。最終日だけあって、この日に入園した人はタダで乗ることが出来たのかもしれません。来賓だけに配布して、大人だけタダで乗せたとは考えづらいですね(笑)。

同日を以って廃止となった「おサルでんしゃ」。「動物の愛護及び管理に関する法律(いわゆる動物愛護法)」の施行により廃止を余儀なくされたわけですが、このことに関しては「動物愛護団体から圧力を掛けられた」説や「法の施行により動物園が自主的に廃止を決めた」説もあり、本当のところは良く分かりません。当時の職員たちも40年前となれば殆ど退職されていますし、当時の若手がどの程度この重要な課題に直面していたかも分かりませんしね。

私もパンダを見に上野動物園に行ったことがありますが、この「おさるでんしゃ」があった記憶というのが全く無いんですよね。パンダ以外の記憶というのも正直なところありません・・・。

いずれにしても、このような貴重な資料を提供していただいた金町のHさんに真に御礼申し上げます。

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ところで、子供の頃から「おさるの電車」と思っていたのですが、1枚目のきっぷは「おさるでんしゃ」、招待乗車券の印刷は「お猿電車」、同スタンプは「おサル電車」。一体、どの表記が正しいのでしょうかね?

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2010年2月 6日 (土)

クズ入場券から得た喜び(その3) 普通入場券 北条線 「北条町駅」

こんにちわ。

先ほどから非常に強烈な北風が吹いてきました。街中を歩いていると身体ごと持っていかれそうなぐらい強烈です。何が飛んでくるか分かりませんから、みなさん、気を付けましょうね。

さて、少し間が開いてしまいましたが、クズ入場券シリーズの第3弾です。経緯は『クズ入場券から得た喜び(その1) 普通入場券 魚沼線 「西小千谷駅」「片貝駅」』をご覧下さい。

今日のネタは、国鉄北条線:北条町駅の入場券です。

Photo

国鉄北条線は、加古川線の粟生駅から分岐して、終点の北条町駅に達する僅か13.8kmの路線です。当時は両端駅を合わせて8駅であり、駅間距離は1~2km程度で非常に短く設置されていました。昭和57年の時刻表によると、1日に13往復が設定されており、うち2往復は山陽本線の加古川駅と直通で運転されていました。

国鉄北条線は、昭和60年3月31日を以って廃止されており、翌日からは第3セクター運営による「北条鉄道」に生まれ変わって現在に至ります。

山陰方面のローカル線には殆ど乗ったことが無く、第3セクターも然り、全く縁の無い路線です。その昔は貨物扱いもあったようですが、その時代の情景を見たかったですね。

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私的名曲選 Vol31 『さくらんぼ』 by 大塚 愛

こんばんわ。

ちょっとサイクルが早いのですが、珍しく休日の名曲選です。

今日は、これまた珍しくメッチャ明るい曲、大塚愛さんの『さくらんぼ』です。

私、あまり明るい曲というのは好んで聴きません。暗い人間なので、暗い「沈む」ような曲が好きなんです。中島みゆきとか良いですね。ロック系も陰調の曲の方が聴きますし。

実はこの曲、発売された当時は全然聴きません。もう流行歌を積極的に取り入れられるような年齢でもないし、明るくうるさいような曲は基本的に嫌い。でも、この曲のサビは、耳にずっと残ってました。

で、何となくYouTubeで探してみたら、プロモーションがあったんですよね。さすがに商売用に作ってありますから、非常の好感の持てる出来になっていて、大塚愛さんの声、テンポ、ノリ、どれをとっても可愛く、良く見えます。そんなんで、2日に1回は聴くくらいに好きになってしまいました。

私は奥手で恋愛に不器用な人間なので、燃えるような恋というのもした経験が無いし、こんな明るく恋愛が楽しめたらどんなに良かったか、そんな風に思ってしまいます。もうこの歳だし、曲がりなりにも結婚して子供も居る立場ですから、この曲で表現するような生き方が出来る可能性は皆無ですが、もし30年前にこのような曲を好きになって聴いていたら、恋愛に憧れ、恋にもっと積極的な人生を歩んでいたかもしれません。そんな希望を叶えてくれそうに思える曲だと思います。

あ~たし、さくらんぼ~~~、もう1回!  さわってみて!

ところで、大塚愛さんって、見るごとに顔の印象が違うように思うんですが・・・。

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2010年2月 5日 (金)

切符入れ Vol.6 国鉄 ディスカバージャパン 0系新幹線&ワイン付き弁当

おはようございます。

ちょっと間が開いてしまいましたが、久々に切符入れシリーズです。

Photo 今となっては消滅してしまった東海道新幹線0系の表紙と、裏面は日本食堂が販売するワイン付き弁当の写真を配した切符入れです。

表紙に「DISCOVER JAPAN」のロゴがあることから、昭和47年から昭和51年までのものと考えられますが、私がきっぷ入れに興味を持ったのが昭和50年前後となりますので、もちろん、この時期に手に入れたと思われます。

当時は新幹線が博多まで開業したばかりの頃で、0系オンリーの時代でした。新幹線=0系であり、新幹線が唯一世界に誇れる高速鉄道でもあった頃ですね。

着目すべきは裏面のワイン付き弁当。こんな昔からあったとは、このきっぷ入れのスキャニングをするまで知りませんでした。

昭和49年の時刻表を見ると、一般的なすし弁当(多分、いなりずしとかのり巻き)が250円、幕の内弁当でも300~350円の物価です。当時の立喰いのかけそばでも80円程度で食べることが出来た筈ですから、この弁当の700円というのは、今に換算すると3倍強で、2千円をゆうに超える金額となります。

サンドイッチから想定して、今の一般的な幕の内弁当と変わらない大きさですから、お酒付とは言え、非常に高価なものであったと思われます。当時、小学生か中学生になったばかりの私にとっては、全く別世界の話題だったということですね(笑)。

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Photo_2

※↑中開の画像をアップし忘れたので追加です。

下は当時の流行である指定券発売に関するご案内。NETテレビ(現テレビ朝日)放映の国鉄提供番組「みどりの窓口」についての宣伝も忘れていません。

裏表紙は広告になっており、デルモンテのトマトジュース。トマトジュースと言えば、カゴメかデルモンテですよね。でも、私はトマトジュースが大ッキライなので飲みません。

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2010年2月 3日 (水)

2が並ぶ~~~(その3) 地元で22:22

こんばんわ。

昨夜は寄り道して帰りが遅くなり、そのついでに、とうとう暴挙に出てしまいました。

Photo_5

券売機券で、平成22年2月2日の「2」が4つ並び。これに加えて22時22分に買うのは当然です。券売機前でウロチョロしていると如何にも怪しいので、その時間まで外で一服してきました。何と言っても、蕨駅についてから20分近くも時間調整が必要でしたから。

券売機の設定時間はかなり正確なようで、ちゃんと「22:22」で印字されておりました。これで発行番号が「2222」だったり、220円区間とかあると良かったんですが、設定の無い料金なので仕方ありませんし、ましてや2222番なんて、当たる確率は10000分の1ですから。取り敢えず、平成22年2月22日のリハーサルということで。当日は、今日の私みたいなのが各駅に居るんでしょうね。

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2010年2月 2日 (火)

2が並ぶ~~~(その2):記念入場券セット『釧網本線の旅』

すごいおはようございます。

2の並ぶ日ということで、『マル鉄回顧録』とコラボ企画です。写真的には『2が並ぶ~~~(その1) キハ2222』をご覧ください。

さて、こちらでも「2」並びをご紹介したいと思います。

Photo 『釧網本線の旅』と題した記念乗車券です。たまたまクルマで釧路に初上陸した時、偶然に売っていたんですね。

Photo_2 こちらは裏表紙になります。

Photo_3

こちらが見開いたところ。記念入場券と言っても、普通のA型硬券入場券が5枚セットになっているだけです。ですから記念台紙だけという感じもするのですが・・・。

実は、この5駅の中で有人なのは真ん中の摩周駅だけ。摩周駅は元々「弟子屈(てしかが」という駅名だったので、いつの間に変わったのか知りませんでした。

残りの4駅は全て無人駅で、「緑」や「塘路」は有人時代或いは委託駅として入場券を手に入れることも出来ましたが、「釧路湿原」や「原生花園」は元々が無人ですので、同駅発行の入場券は存在しないと思われます。

で・・・

Photo_4

がオチということです・・・。これは狙ったのではなく、私が購入したのがたまたま「2222」だったんですよね。ラッキー!

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2010年2月 1日 (月)

公社時刻表から 22・3ダイヤ改正後の「能登」

こんばんわ。

この間、年が明けたとばかりの日常と思っていましたが、気が付けばもう2月です。京浜東北線の209系が姿を消し、このあと、さらにダイヤ改正に向けた動きが活発化することでしょう。「北陸」「能登」の廃止は大きいところですが、田端のEF81の動向や、「北陸」廃止に伴う「あけぼの」用EF640番代の動きも非常に気になります。

さて、時刻表ネタといえば、もちろん過去の記録や思い出を中心にお伝えしてきたわけですが、今回は未来を見つめるという、非常に珍しいネタ選びとなりました。

22313 会社のビジネスコピー機からスキャニングした結果、曲がるわ、自動で勝手にモノクロで読み取ってしまうわ、散々な画像になってしまいしたが、ご了承くださいませ。

交通公社時刻表の平成22年2月号、ダイヤ改正後の速報ページから、急行「能登」の部分だけ切り取りました。

非常に運転日数が多く、列車名も急行「能登」のまま残るということから、廃止というよりは「臨時化」と言った方が合っているように思います。

高校レベルの春休み前半をカバーし、夏休み前までの土日運転という、週末臨と呼ぶに相応しい設定ですね。

グリーン車を連結しており、さらには全車指定席となったため、従来の489系と比較して遜色の無い、いや、それ以上グレードがアップしたように見えますが、アナウンスどおり新潟のK編成を使用するため、6両編成と短く、グリーン車も1/3となってしまい、体裁的にも貫禄落ちとなります。

運転時刻については、下り列車はほとんどが現状のままで、信越・北陸線内で3分程度ズレているだけ。上りに関しては、現状より遅いダイヤで出発し、上越~高崎線内については、なんと、現状の特急「北陸」のダイヤをそのまま引継ぐ形となります。現行よりも遅くなった分、撮り易くなったことは間違いありません。

現在は周遊券制度が無くなり、急行列車の自由席車的特典というのがなくなってしまったわけですが、飛び乗りで利用することが出来なくなったため、やはり不便が生じるのは必至という感じがします。もちろん、新幹線でも開業しようものなら、『485系車両老朽化により』廃止するという図式は、悲しいけれども明らかに見える気がします。

現状の489系廃車は諦めるしかないものの、K編成による非貫通型「能登」も期間限定の列車であることから、今年の夏場を有効に活用し、少しでも多く記録に残したいところですね。

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