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2009年9月20日 - 2009年9月26日

2009年9月26日 (土)

昭和60年 特急「ひたち」:東海駅発行種別違い2種

こんにちわ。

娘の運動会が終わり、やっと帰ってきました。アップが遅くなっちゃいましたね。

この間の5連休に、少しだけ切符を整理していたんですが、差異のある面白い事例を見かけたのでアップしたいと思います。

Photo 常磐線の特急「ひたち」の時代の特急券です。まだ「スーパーひたち」は誕生していません。

両方とも東海駅発行で、地紋が同じ色をしていますが、上は繁忙期、下は閑散期としての違いがあります。

上の特急券は、東海駅で発行して、自駅東海から乗車しています。一般的な繁忙期の特急券で、150km:2300円に料金変更されています。ちなみに、通常期であれば2100円と言うことにまでなりますね。

一方、下の特急券ですが、東海駅で発行しているものの、乗車は水戸から上野までとなっております。おなじ150kmまでですが、閑散期で1500円、通常期ならば1700円と安くなっています。これは、上野~水戸間がB特急料金の適用となる区間であるため、割安な特急料金で利用できることに起因しています。

この時代の時刻表を見てみますと、東海駅に停車する特急「ひたち」は少ないため、東京方面に急ぐ場合は、勝田始発または水戸停車の特急に乗り換えた方が便が良かったと推測できます。そんな事情もあり、水戸から上野寄りでしか使えないような「ひたち」の列車名常備券が設備されていたのではないかと思います。

ちなみに、東海~水戸間は14.7km、普通列車でも15分。当時の「ひたち」でも12分の所要時間が掛かるので、乗り継ぎのタイミングさえ良ければ、水戸から特急列車に乗車した方が、本数も多いし、安いし、便利だったのではないでしょうか。そんなことで、水戸からの乗車利用の方が多かったのではないか、と推測できます。

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2009年9月24日 (木)

飯田線 中部天竜駅・下地駅 硬券入場券(国鉄時代)

こんばんわ。

またまた切符シリーズです。

平成21年8月22日、Fe4メンバーで「佐久間レールパーク」パークを訪れました。早いもので、アッというまに1ヶ月が過ぎてしまいました。メンバーであるシービーさんが『中部天竜駅&下地駅』の様子をアップしてくれたので、私が旧型国電の撮影に夢中になっていた頃に購入した普通入場券をご紹介したいと思います。

Photo まずは中部天竜駅の硬券入場券です。

普通、1駅に何回行っても1枚しか購入しない私ですが、1度買ったのを忘れて2回目も買ってしまったようです。たった半年しか経っていないのに・・・ボケちゃったんですかね。

駅名表示が大きくなった後のタイプで、初乗りは既に120円になっています。入場券を買い集めるのにも結構負担が大きくなりましたね。何故か、後から買った方が日焼けが激しいのか、或いは紙質が良くないのか、変色してしまいました。

Photo_2 こちらは順番どおり置いた裏面になります。

発行番号がたった半年にも拘わらず、1400枚近く売れています。飯田線では交通の要所となる中部天竜駅ですが、そんなに見送りが多かったり、観光で記念に買っていく人が多いとはとても思えません。

おそらく、旧型国電の最期の頃でしたので、鉄道ファンが購入していったのでしょうね。

Photo_3 こちらは下地駅の硬券入場券になります。こちらはやや古く、昭和56年になります。

110円が初乗り=入場券の値段だったのは、昭和56年4月20日~昭和57年4月19日までのちょうど1年間でした。7ヶ月でたった133枚しか売れていないということですから、これも地元利用はまったく無く、鉄道ファンだけが買っていたに違いありませんね。

下地駅ですが、昭和44年から乗車券類の発売を業務委託により行っており、昭和60年3月31日をもって無人化されたようです。ということは、この入場券を購入したときも当然業務委託によるものとなるわけですが、券面には「○改」の表示があるだけで、委託を示す表示がないのは不思議ですね。他にも例があるのか調べてはいませんが・・・。

この間撮影で乗り降りしたときも、約1時間居て地元の方の利用はかなり少ないようですね。約30分おきに単行列車が走っているので分りやすく便利ではありますが、おそらくこの辺りだとバスの便とかもあるのでしょうね。

当時の撮影は、前の晩から豊橋駅のみどりの窓口の前で野宿、寒くて良く眠れずつらい思いをした記憶が蘇ります。始発を待たず、この下地駅まで撮影しながら寒い中を歩いてきたことを思い出します。

Photo_4

そのときに撮影した想い出の写真。あのときは寒くてつらかったです。

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2009年9月23日 (水)

特急「白鳥」D型特急券:裏書付き区間指定席

今日はちょっと変わった特急券のご紹介です。

特急「白鳥」の特集記事はこちら→『485系「白鳥」:総集編

Photo 国鉄時代の特急「白鳥」のD型特急券で、態様は矢印化後のものであり、特に変わったスタイルのものではありません。

乗車区間は京都→村上までですが、問題は指定席の表示部分に□で囲われた「裏面」という表示のゴム印が押されていることですね。

Photo_2 裏面を見てみますと、2組の区間表示と指定座席の表示がゴム印により作成されています。

福井→村上間は4号車に指定席が確保できていますが、京都→福井間は指定席が満席であったようで、立席扱いとなっています。

当時、長距離を走る電車特急として日本一を誇っていた「白鳥」ですから、北海道への連絡特急としてだけではなく、区間利用も相当数あったことでしょう。故に、区間によっては指定席が満席となり、一部区間の席が確保できなかったとしても、このように特例的に区間指定席の特急券を発売することもあったのだと考えられます。場合によっては、区間によって、席を替わるようなこともあったのでしょう。

ただ、この特急券を見る限り、「間立席」というゴム印が常備されていることを見ると、もしかしたら日常的にこのようなケースで特急券を発売していたことがあったのかもしれません。

ちなみに、自由席車を連結する特急であれば「○○→△△間自由席」となるところでしょうが、特急「白鳥」に自由席が設定されたのは昭和53年10月改正以降となるため、指定席が取れなかった場合は「立席」になるしかなかった、というわけですね。

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2009年9月22日 (火)

私的名曲選 Vol13 『恋人たちの100の偽り』by太田裕美

こんばんわ。

連休4日目。こんなにマッタリしていて良いのかと思うくらい、何もしないで過ごしてしまいました。それでも、ブログの更新だけは力を入れ過ぎた感があるので、毎週火曜日の名曲選で、私的にも一休みしたいと思います。

せっかくアクセスも沢山いただいていますが、皆さんも少しマッタリしてくださいませ。

今日は、太田裕美さんの『恋人たちの100の偽り』。私が中学生くらいの時代ですかね、太田裕美さんは『雨だれ』でヒットして世に出て、『木綿のハンカチーフ』で一世を風靡し、その後は出す曲・出す曲、全てベストテン入りするほど売れていました。もちろん、勢いもあったのでしょうけど、同時期には山口百恵さんや桜田淳子さん、キャンディーズというヒットメーカーもいましたし、同時期にデビューした岩崎宏美さんも売れてましたね。

歌唱力に関しては私が何と言うことも出来ないのですが、飛び抜けてあったとは思いません。ただ、やはり覚えやすいメロディーと確かな歌詞にあったのではないかと思います。

昔の唄に言えるのは、歌詞にキチンとした物語があって、歌詞をかみしめながら唄い、聴くことが出来たと思います。特に、太田裕美さんの曲は、3番まで唄って1つの物語が完成するといった、「最後まで聴かなきゃ意味が無い」ような曲が多かったように思えるのです。

『木綿のハンカチーフ』は、同年代の方なら誰でも知っているし、当時は売れ過ぎていて「聴き飽きた」感があり、イマイチいまさら聴く気にはなれない中で、今でも「聴きたい曲」が他にも沢山あるのが太田裕美さん、という感じです。一押しは何曲もあるのですが、その中から『恋人たちの100の偽り』を聴いてみてください。

歌詞の内容から大学生の恋人同士ですかね。太田裕美さんの曲には多いですね。中学生の私からしたら、大人の世界でもない、中途半端な年代に思ってました。今となっても高卒の私からすれば、縁もないし想像もできない世界ですね。

そんな世代、恋人との駆け引きを歌詞にしたものですが、ドロドロせずに歌い上げています。それよりも、不安が一杯で悩みながら人生を送っているような。

私が中学3年生のとき、ほんの短い間でしたが同級生と付き合ったことがあり、この歌詞の内容のように発展するまでもありませんでしたが、付き合っている嬉しさより「どうしたらいいんだろう」という不安ばかりが先行していたことは、この曲の歌詞に共通しているように感じました。

「さよなら」と、たった一つの嘘が言えない・・・奥が深いじゃありませんか。

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2009年9月21日 (月)

西武鉄道 『さよならE851記念列車乗車証』

こんにちわ!

昨日未明にアップいたしました本体ブログの『西武鉄道 E851 さよならの日』がご好評いただいている(←勝手に思い込んでいる)ようで、一昨日とは打って変わってアクセス数が伸びました。

このE851が抽選が行われるほどの盛況を得た列車であり、沿線に住んでいるわけでもない私たち夫婦ももちろん当たるわけでもなく、写真撮影と現地イベントの参加のみとなったのですが、当時、西武鉄道の職員である友人と、沿線に住むさらにその友人たちとのお付き合いがあり、現地で落ち合って楽しいひと時を過ごしたものです。

その際、家族4人で参加した友人ご家族から、同記念列車の記念乗車証をいただけるという大変有難いお話があり、遠慮なくいただきました。

Photo 上質紙を使用した2枚折りスタイルの台紙で、それを開いたものです。左側が裏表紙で右側が表紙になります。

裏表紙には、E851形が活躍していた頃の写真が配され、表紙にはタイトルとE851形+12系のイラストが描かれています。12系の貸出が運転日ギリギリですので、写真を撮影してからの印刷は間に合わなかったものと思われます。

Photo_2 こちらは内側を見開いた状態です。

左側にはE851形機関車の経歴と、性能緒元などの資料が載っています。

右側には記念乗車証が切り込みに挟まれており、下部には「さよなら運転」の運用とダイヤが記載されます。

さらには、借り入れたJR12系の諸元も記載されており、私鉄としては大変珍しい、JRからの車両借り入れ了承に対する敬意が払われているようです。

Photo_3 こちらが記念乗車証です。私鉄発行を意味する「(西武鉄道)」の社名表示があり、タイトルの下は「所沢→横瀬→所沢」という、往復券ではない往復とも乗車することを前提とした区間が表示されています。

地紋は淡青「せいぶてつどう」の自社地紋が使用され、D型券であるところが嬉しいですね。日付はダッチングで、位置が非常に外れていることから、1枚ずつ丁寧に手作業によりダッチングされたものと思われます。

Photo_4 乗車証の裏側で、乗車券では無い旨の表示がされています。車内で配布されたものなので、特段に必要な表示ではないと思われます。

番号は通しを使っておらず、E851とシャレを利かしたものとなっています。昨年、SL「奥利根」「みなかみ」で配布された「D51498」と同じ発想ですが、こちらは10年以上も前であり、発想としては元祖となるでしょうか(笑)。

貨物列車の廃止による機関士の調達、初めてのJR客車入線に伴う操作訓練、途中駅での入換や警備、現地イベントの実施etc。「さよならE851」の運転は、西武鉄道社員の多大なるご苦労と貢献があってのものと思います。

想い出に残るイベントを実施していただいた会社及び社員の方々に感謝し、この記念券をいただいた友人氏にも遅ればせながら改めて御礼申し上げます。

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