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2009年8月 6日 (木)

時刻表ネタ 昭和51年 115系急行「ゆけむり」「あかぎ」「みつみね」

昔々、国鉄から私鉄へ列車が乗り入れる例が良く見られました。

関東では、筑波鉄道、茨城交通、秩父鉄道への乗り入れがメジャーでしたね。

両毛線シリーズが途中ですが、ついでにネタを見つけたのでご紹介したいと思います。

19768

昭和51年の小型時刻表です。

上野から前橋・水上を目指して、「あかぎ1号」「ゆけむり2号」が設定されています。

もちろん急行列車ですが、双方の列車にグリーン車を示すマークがないことから、115系による運用と判断することが容易です。

当時は「なすの」「日光」や「ときわ」でも見られた例で、珍しかったというほどのものではありません。

朝方は、東北・高崎線からの通勤列車が押し寄せますので、収容しきれない分の列車を郊外へ返す必要があったことでしょう。ただし、下り列車は特急・急行が発車していきますので、普通列車を設定するほど線路容量に余裕がなかったのも事実。尾久や東大宮もいっぱいでは、どこかに走らせるしかありません。

このような理由により、止むを得ずの急行設定になったのではないかと考えられます。

そしてもう1点。この併結列車に対し、さらに観光シーズンに限り秩父鉄道への乗り入れ車である「みつみね」が併結されます。これは確か115系4両だった筈です。

臨時とは言え、冬を除く土休日、学校の休み期間中に運転されていたようで、頻繁に見ることが出来ました。そんなことで、115系急行でさらに3階建てと言う、首都圏では稀な珍列車だったわけですね。

ちなみに、返しは普通列車として運転され、熊谷からも上野まで普通列車に併結となっており、「みつみね」という名称の表示もありません。

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時刻表ネタ」カテゴリの記事

コメント

久しぶりです。

所謂遜色急行ってやつですな。
115系にも座席指定プレートが貼ってありましたが、指定に使われたことあるんでしょうかね。

 中央東線の[かいじ]にはスカ色のサロ112が組み込まれていて、グリーン車があっても”遜色”というケースもありました。逆に、普通列車での急行型運用は得した気分でしたネ。

投稿: くま | 2009年8月 7日 (金) 09時38分

近郊型電車を使った急行が首都圏には結構存在していたようですね。
なすの、ときわ、かいじはともかく日光も存在したと言うのは初耳です。
観光地であるから全車自由席でも165系と思ってましたから。
かいじは115系300番を充てていたようですが他は115系・401・403系非冷房もあったのでは。
これで急行料金と言うのも・・・コイルばねだし。
この時期の時刻表わたくしも家の物置に有る筈です。
気になったのは大宮-高崎間で急行列車が70分近い所要時間ということです。
この区間60分前後と思っていたのですが。


投稿: 金太郎 | 2009年8月 7日 (金) 22時41分

くま様
ご無沙汰しておりました。出張お疲れ様でした。
115系の指定席と言うのは、今のところ見聞したことがないですね。昔は臨時列車で普通列車の指定席発売がいくつかありましたが、いずれも急行形であったと思います。
「かいじ」に連結されていたグリーン車はサロ165が正解ですね。当時は抑速ブレーキ付きのサロ110~112がなかったことから、中央本線ではあるが故の苦肉の策だったのでしょう。しかも、塗装まで塗り替えてしまった強引さは、電車史上でも極めて稀な珍事と言えると思います。

投稿: キハ181つばさ | 2009年8月 8日 (土) 07時01分

金太郎様
「日光」は「なすの」と併結ですね。双方とも宇都宮以遠は普通列車になってしまいます。
「かいじ」も私が知っている限りは基本番代が多かった(というか115系の冷房車自体が少なかった。)と記憶しています。昭和59年頃でも非冷房車を見ることが出来たくらいですから、近郊型車両は「非冷房が当たり前」の時代だったと思います。
私が「なすの」に乗ったのが何月だったかは忘れましたが、とにかく、殆ど客の乗っていない回送列車のようでした。
高崎線の急行は、殆どが特急の通過待ちを伴っているようです。(運転停車)
「よねやま」のように熊谷以外通過の列車もありますが、やはり所要は70分ですね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年8月 8日 (土) 07時17分

そうですよね。
サロ112のわけないですな。失礼しました。
それにしても、現物を見たときは驚きでした。
写真残っていませんけど。

投稿: くま | 2009年8月 8日 (土) 21時02分

くま様
いえいえ、多分勘違いかうち間違いだと思ってました。
現物を見たというのは貴重な体験ですね。私は中央線には縁がなかったので、見た記憶はまったくありません。ヘッドマークが付いた急行ですら見た記憶がないですからね。写真を撮っていなかったのは惜しいですね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年8月 9日 (日) 00時12分

私鉄への乗り入れ、かつては有りましたね。
今では有名所といえば、伊豆急、伊豆箱根、東武くらいでしょうか。

投稿: シービー | 2009年8月15日 (土) 23時44分

シービー様
今では、昔からの温泉定番列車しかなくなってしまいましたね。毛色は違いますが、小田急からの御殿場線がもう一つ残っています。

投稿: キハ181つばさ | 2009年8月16日 (日) 04時51分

こんばんは、
この記事を読んでいて思い出したことですが、もう20年くらい前になりますけど、とあるシーズン期において京阪神方面より近辺の某観光地への臨時急行列車の設定があり、使用車両が当時新快速やその他の快速に使われてた当時JR西日本新鋭の221(転換~一部固定~クロス・3扉)がその臨時急行運用に充当されるとあってチョッピリ話題になったことがあります。
それでは、この辺りにて失礼いたします。

投稿: 宮オオ | 2009年11月14日 (土) 19時06分

宮オオ様
新快速車両を急行って言うのは知りませんでしたね。関東では元特急車両を急行や快速に充てるくらいですから、まさかE231とかを急行に充てることはまず有り得ませんね。昔は急行と普通のキャッチボールはありましたが、特急車両だけは別格だった感がありましたけど。

投稿: キハ181つばさ | 2009年11月14日 (土) 23時53分

こんにちは。
記事、非常に興味深く拝見しました。
「遜色急行」という言葉は、今までに本で見たことがありました。主に、北海道のローカル線に向かう単行の急行列車にキハ22形が充てられていた事例などで、関東でも、このような事例が多くあったことを初めて知りました。
私鉄線を含む各路線に入ってゆく列車が多層建てで組成され、近郊形列車で走っていたと思えば、見て、乗ってみたかったと思います。
逆に、今の列車は、どれも専用車両での運用が多く、こちらの時代のような「変わり種」のような列車はなくなってしまったのでしょうね。
(特急形車両で走る間合い運用の普通列車も、思いつくものがなくなってしまいました。房総特急が途中駅から普通列車に変わる運用はまだ残っていますでしょうか。)
雑文、失礼致しました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

投稿: 風旅記 | 2016年4月25日 (月) 18時29分

風旅記様
返コメが遅くなってしまい、大変申し訳ございません。
JRになってからは特急型車両を普通列車に使用してしまう現象が多く発生しました。急行列車がなくなってしまったため、昔のような使いまわしに限界が来てしまったのでしょう。
北海道ではキハ22を使用した急行が多く存在しました。短編成の必要性から、機動力のある両運転台の車両が重宝された結果ではないでしょうか?
首都圏でもこのような遜色急行がいくつか設定されましたが、いずれも朝の通勤時間帯直後に東京を離れるものばかりのようです。
想像になってしまいますが、都心部の車両基地は夜行列車群が到着してしまうと留置スペースがなく、午前下りの急行列車まで待機させるスペースが無い。かといって、上りの急行列車を待っていても午後にならないと車両が回らない。都心に集まった普通列車たちを地方の車庫に返さなければならない。かといって、普通列車ばかり走らせると特急列車の邪魔をしてしまう。
じゃあ、急行列車にしてさっさと返しちゃえ!
みたいな発想だったのでは?と思いますwww

投稿: キハ181つばさ | 2016年5月 5日 (木) 14時10分

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