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2009年6月 6日 (土)

赤地紋の硬券入場券:「大宮駅開業100周年記念入場券」

おはようございます。

朝から雨なので、計画していた撮影にも行かず、マッタリした朝を迎えています。

さて、今日は記念入場券のシリーズから、変わりモノをご紹介したいと思います。

Photo ※クリックすると画像が大きくなります。

大宮駅開業100周年記念入場券です。発売から既に20年を経過していますので、数字からもその歴史を感じることが出来ます。

紙質は厚めのもので、ステレオカード形式になっています。よって、角度を変えると開業当時の写真などを模したデザインに移り変わりますが、スキャニングでは表現できません。

この大き目の台紙に大人用2枚、小児用1枚の計3枚の入場券がセッティングされています。

Photo_2

当時は硬券の廃止が進んでおり、これに目をつけた国鉄は、板状に印刷した従来の記念きっぷではなく、このような硬券タイプを台紙にセットした記念きっぷの形態を多用し始めたように思います。

この記念入場券にセットされた入場券は、珍しく赤字紋(当日有効の乗車券や自由席特急券に使用する地紋)を使用しているので、違和感ありありですが、希少なイメージが好ましいと思います。

しかも、セッティングされた3枚は、大人・小児共用(上)、大人用(中)、小児用(下)と全て作り分けており、知識のある方じゃないとその良さが解からないほどマニアックな設定となっています。私も、今回スキャニングするまで全く気付きませんでした。

表記事項やスタイルは一般の入場券と殆ど変わるところはありませんが、発行日は印刷となっているため、2週間の有効期限を表示しています。

Photo_3

こちらは裏面になります。

裏側には「大宮駅開業100周年記念入場券」と企画名も印刷されており、通常の入場券とは異なることを区別しているようです。まだアップしていませんが、他にも同様の取扱いをしている例が見られます。

さらに①という循環番号も付されており、1万枚を超える大量のセット数が発売されたことを物語っています。

この入場券は、表も裏にも発行駅名が付されていません。全国的には発行駅名が付されるケースが多いようですが、首都圏では発行駅名を印刷していないようですので、印刷場による地域差が現われているようです。

Photo_4 ※クリックすると画像が大きくなります。

台紙裏面には大宮駅に関する年表が記されており、大まかな歴史を知ることが出来ます。

かつては大宮操車場が大宮駅に包括されていたことなどは、かつて大宮操車場で働いていた私としては「目から鱗」の記述ですね。京浜東北線の1・2番線が、昭和42年から使用開始されたということは、私が生まれてからなんですね。小学校低学年のときに初めて初詣で氷川神社に行くために大宮駅で降りたときは、ホームが新設されてから間もなかったということになります。

今では懐かしくなってしまった200系新幹線もあわせて、 非常にレアな形態の記念入場券でした。

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昭和60年と言うと、この入場券の発売である3月16日のわずか2日前である3月14日に新幹線の上野開業となり、それまで暫定開業の始発駅として賑わった大宮駅が中間駅となってしまった直後になります。当時、『大宮駅の活気が失われてしまうのでは?』と言う危惧もあったようで、景気付けもあってこのような企画を大々的に行ったことも頷けます。

しかし、そんな心配も他所に、大宮駅西口の再開発が功を奏し、大宮操車場跡地開発(さいたましんとしん)、駅ビル開発など、私が通っていた当時とは雲泥の差ほども利用客で賑わう埼玉県の中心駅、県内最大規模の駅として目ざましい発展を遂げています。

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コメント

こんばんは、
写真の記念キップ、実は私も持ってます。
透かすと英泉作「木曽街道大宮宿」の版画←昔の大宮と今[昭和60年当時]の大宮→氷川さま・大宮駅周辺の写真と新幹線の200系電車そして100周年の文字を図案化したのを大宮の昔と今を交互に楽しめる!?とあって工夫を凝らしてたみたいでしたね。
あの時に私は大宮市内を回って写真に撮ったりしましたが、西口はまだ木造の建物が残存[翌61年の春に訪ねた時には撤去され、大宮スカイビル=そごうが建設中だった]してたし、宇宙劇場のあるJACK大宮(大宮工場仕上げ職場跡)はまだサラ地のまゝで大栄橋西詰の桜木町交差点とさいしんビルが丸見えでした。
ほんとにこの記念キップを買いに行ったあの日のことまでも私は鮮明に思い出してしまい<この当時は大宮を訪ねる度に私は市内各所の写真を撮ってたから尚更>、生まれ育った大宮に対し思い入れの激しい私でありますが、これからも宜しくお願いします。
それでは、この辺にて失礼いたします。

投稿: 宮オオ | 2009年6月 6日 (土) 22時54分

宮オオ様
地元そのものですから、思い入れは強いでしょうね。
私も大宮操車場の関係で2年ほど通いましたが、通勤路は専ら南銀でしたし、中古カメラの捜索は北にあったミヤマ商会、大操時代の買出しは群線から直接桜木町方向に出ていたので、ズバリ西口と言うのはほとんど行ったことが無いんですよね。
ただ、1回だけ降りた記憶が鮮明にあり、木造密集時代のバス通にあったパチンコ屋に入ったら、当時でも珍しかった手打ちの台があったので、ちょっと遊んでレトロな時代を楽しみました。その次に行ったときにはもう平成になってましたかね。今と変わらぬ開発が行われた後であり、タイムスリップと言うか、浦島太郎状態でした。

投稿: キハ181つばさ | 2009年6月 6日 (土) 23時54分

これ、私も買いました。
こういった形のものは、持って帰るにも苦労しますね。
折れないようにと注意しながらですから。
大宮駅でバイトの時、西口で改札をやった事があるのですが、いやぁ~お客さんもパラパラって感じでしか来なくて。
風通しが良いので冬場は寒かったでした。

投稿: シービー | 2009年7月11日 (土) 13時38分

シービー様
確かに大型のものは購入しても持ち帰りに気を使いましたね。特に重たいカメラとかと一緒のカバンだと、カメラの尖った部分で押し付けたりして悲惨なことになりかねません。
大宮西口はR17があるので、もっと栄えていても良さそうだったのですが、何か暗い感じの雰囲気でしたね。旧中仙道が東口側なので、発展に差が出てしまったのでしょうか。

投稿: キハ181つばさ | 2009年7月11日 (土) 14時09分

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