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2009年6月14日 (日)

Nゲージ GMキット改造 クハ47100番代

こんばんわ。

またまた今日はNゲージのGM改造車で、前回のクハ47069につづき、クハ47100番代をアップしたいと思います。

実車は正調42系の制御車として誕生し、当初はモハ32系のクハ・サハ・サロが40番代を名乗っていた関係で、「クハ58」を名乗っていました。

後にモハ32系は17m車の形式の続番であるクモハ14に改番され、クハ47・サハ48・サロ45が然も42系のような形で形式を守っていました。実際には42系として誕生した付随車はサロハ46とサハ48を名乗りましたが、流電又は合い子流電ようとして誕生したノーシル・ノーヘッダー車の流れを汲むものしかなく、クモハ42・43と同時に誕生した非電動車はクハ58として誕生したクハ47100番代のみとなります。

47106

クハ47100番代は、一見してクハ47の0番代と同じように小窓がズラリとならぶイメージであり、非常に似ているのですが、長編成化による必要性から前面貫通扉が用意された点と、後部扉の後が窓2枚になっている点で0番代と大きくスタイルが異なります。

元々は関西地区用として導入された車輌ですが、後に大挙して横須賀線に流れ込んでくることになります。当時17m車のモハ32を淘汰するための施策であると思われます。

戦中戦後の混乱期には全ての42系が3扉化又は4扉化されることになっていましたが、実際には何両かの車輌が改造されずに残ることになり、旧クハ58の大部分はクハ47100番代として残存じました。

新性能化により幹線を追われた同車は、便所の設置改造を受けて身延線や飯田線に集中的に転属となり、昭和56年~昭和58年に全廃となるまで、その姿のまま活躍しました。

模型ですが、GM社のクモハ53・クハ47100キットはかなり古くからキット化されており、私が初めてキットを購入した時には既にありました。30年以上も前になります。

写真のクハ47106は殆ど素組みの状態ですが、前面を引き締めるために貫通幌枠を別パーツで取り付けています。個人的に好きだというだけなんですけど。飯田線に最後まで残った47104は、早くから幌枠が短くされていたため、非常に平べったい前面の印象があります。(←個人的にはあまり好きな顔ではない。)

このクハ47100番代は、身延線と飯田線それぞれに存在していたため、私的にも必要があって、3両製作しています。ここで改造の中心となるのが便所の設置になります。

47106_247104_3

登場時のクハ47100番代(←クハ58)は、扉後に700mmの窓が2枚並んでいました。便所の設置にあわせて、扉直後の窓が小型化されています。(左の写真。)一方、クハ47100番代で最後まで残った飯田線の47104だけは、何故か700mmの窓が1枚まるごと埋められているのが特徴です。

模型としては、窓の幅がバランス良くなるように窓左側にプラ板を貼り、窓の桟が出来るようにさらに裏から少し横にずらした位置に もう1枚のプラ板を接着して新しい小窓を自作しています。 (左の写真。)

一方、47104の方は、窓の中桟を切り取り、窓枠を生かしてその上からプラ板を接着し、全体を埋めて平らに整形します。

どちらもリベットを削らないように作業をしなければならないため、埋めるのは簡単ですが、整形・仕上げには非常に神経を使います。元来不器用なので写真のように上手くキレイにすることはできませんでした。技術的には私の限界を超えた作業と言うことになります。

飯田線・身延線を表現するには欠かせない車輌であり、個人的にも大好きな2扉でありますから、整形が上手くいかないとは言え、コレクションからは外せない車輌となっています。

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飯田線関係の改造車ご紹介は、これにて完といたします。(多分)

旧型国電は身延線等ほかにもありますので、まら何れということで。客車や気動車も少しですがありますので、追って順次ご紹介させていただきたいと思います。

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