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2009年5月 6日 (水)

寝台特急「あさかぜ」:特急券・B寝台券

こんばんわ。

GWも終わり、また明日から忙しく仕事をしなきゃいけないと思うとウンザリしますわ。また苦心が滞りがちになるかもしれませんので、何卒ご了承いただきたいと思います。

さて、GW最終日のネタとして、ブルートレインの代名詞として名を馳せた「あさかぜ」の硬券特急券をご紹介したいと思います。

S49

まずは昭和48年発行、上り「あさかぜ1号」の特急券・B寝台券です。

旧様式時代のD券で、表示類が細かく、私的にはこの時代の硬券に高級感を感じます。

当時の「あさかぜ」は3往復が設定されており、A寝台個室を連ねた登場時の風格を残した20系編成、ややリーズナブルで「富士」「はやぶさ」と共通の20系編成、14系を使用した「さくら」「みずほ」と共通の編成で、それぞれ個性を持っていました。このうち、14系寝台編成は昭和50年3月の山陽新幹線博多開業により消滅しています。

乗車駅は広島であり、隣の可部線との分岐点ある横川駅の発行となっていますが、何故か「(塩)」の記号が印刷されており、訂正の「(陽)横川」のゴム印が上押ししてあります。福塩線の某駅の見本とでも間違えて発注してしまったのでしょか?

S60

こちらはずっと月日が流れて昭和60年大阪駅発行の上り「あさかぜ2号」の特急券・B寝台券です。

大阪駅では、私が知る限り昭和49年時点においてもN型マルスが配備されておりますので、当時においても硬券があるというのは不思議に感じました。過去ログで「○み」記号が話題となりましたが、この特急券についても「みどりの窓口」の営業終了時刻後、夜行列車利用客への発売のために硬券が常備されていたものと考えられます。日付が1日ずれておりますが、乗車日の列車が0時18分発ですので、日付が変わる前に発行されたものでしょう。

窓口氏は相当あわてていたのでしょうか、「下」段のところの画が一つ足りなくて、「T」になってしまっているのが微笑ましいです。

2

こちらは、私が所有する唯一のJR化後の発行券である、JR西日本竹原駅発行、上り「あさかぜ2号」の特急券・B寝台券です。

乗車区間が発駅・着駅とも大きく印刷常備となっておりますが、残念ながら名称についてはゴム印となっています。

この記事をアップするまで気が付かなかったのですが、本券は大人専用券であり、小児断片が付いておりません。等級制時代のA券は大人常備が当たり前ですが、AB制になってからのD券でこのようなスタイルは初めて見ました。おそらく、私が所有する寝台券のなかには存在しません。

おそらく1駅だけで発注することは無いと思いますので、広島地区の各駅でJR化直後に常備されたものと考えられます。

S59

最後に、昭和59年発行の下り「あさかぜ1号」の特急券・B寝台券です。こちらは私が購入・使用したもので、西川口駅発行の準常備券です。

当時、山口線やセノハチのEF59などを撮影の際、頻繁に寝台特急を利用しておりますが、西川口駅発行のB寝台券は、全て準常備券だったのを残念に思います。

この回は山口線撮影に際してセノハチに寄る前に、宮島へ渡るため「宮島口」まで購入したものです。実際には宮島口駅で特急券を回収されてしまうことを嫌い、広島駅で下車し、横川で可部線の73型国電を撮影後、改めて宮島へと渡っています。

走るホテルと謳われ、東京~九州の寝台特急として3往復にまで成長した「あさかぜ」でしたが、新幹線博多開業とともに、航空機との競争激化に伴う利用者の低迷により、惜しくも廃止されてしまいました。九州への寝台特急がなくなり、JR東海の客車列車通過拒否により、2度とブルトレが復活することはないと思われます。全盛時代を見てきた者にとって、なんとも寂しい・悲しい結末となってしまいました。

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切符(指定券関係)」カテゴリの記事

コメント

管理人様、あさかぜは乗車経験が無いのかと記憶の箱を引っ掻き回した所、出て参りました。岡山⇒東京で食堂抜きの広セキ4号に四国の帰りに乗っておりました。
切符の様式は発注単位で変わる事もしばしば。これが面白みとなりますよネ。駅降車の際に回収掛がいると鬼の顔に見えたのは私だけでしょうか?千葉管理局では相撲の街両国に特別改札がいまして鹿島神宮からは自由席グリーン券の常備券がありました。勿体無いと思いながら錦糸町で下車して東京自由乗車券がA型サイズに千切られて行くのを指くわえて見ていたのも若き日の思い出です。

投稿: 電気釜56号 | 2009年5月 8日 (金) 23時41分

電気釜56号様
私も一番悔しかったのは、北海道で狩勝のB寝台に乗ったとき、せっかく硬券だったのに、改札口で「何に乗ってきた!」「狩勝です。」「寝台券は?」「コレですけど、記念にもらえませんか?」「ダメッ!!」ってことがあったんです。今では余程不正に使われる危険のある券種以外は「もらえる」と思っていいと思います。良い時代になりましたが、硬券がなくなってしまったのが残念ですね。D券をちぎられてA券・・・食券をちぎられるのと比べ物にならないくらい悔しいですね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年5月 9日 (土) 19時01分

59年当時といえば、まだ埼玉に住んでる頃でしたから、西川口で購入してれば、硬券に巡り会えていたんですね。
あのパタパタマルスの操作を見てるのも楽しくて、南浦和で購入していたのかもしれないです。
竹原駅の大人専用券が常備されていたという事は、小児専用券もあったのか気になるところです。
前の乗車券の記事でTBを試みてみたのですが、どうも受け付けてくれませんでした。

投稿: シービー | 2009年6月20日 (土) 09時04分

シービー様
だからぁ、トラバ拒否にしてあるって言ったじゃん!
こちらでOKにしないと受け付けんのですよ。トラバしたいヤツはコメントに入れておいてくださいね。
この当時だと西川口、北浦和、与野が硬券でしたね。でも、昭和60年にPC型発行機が導入されたので、この近辺から一斉に硬券指定券が無くなりました。
子供専用のD型寝台券って言うのは想像を絶しますね。一体どのように対応していたのでしょうかね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年6月20日 (土) 18時35分

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