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2009年3月22日 (日)

「はくつる」特急券・B寝台券 またまた出てきた「○み」

こんばんわ。

今日は1日中荒れた天気でしたね。←現在進行形

昨日アップいたしました「はつかり」の盛岡駅発行立席特急券で「○み」の表示が???という話題になったのですが、スキャン済みの特急券を眺めていたら、ここにも「○み」が出てきたのでアップしてみます。

Photo_2

まだ国鉄:電車特急の時代で、2往復への増発後となる「はくつる」の特急券・B寝台券です。

発行駅表示に注目していただきますと、昨日図示いたしました「はつかり5号」の立席特急券と同様に、駅名の前に「○み」の表示が付いています。 そう言えばと思い出したのですが、これらを見たとき「みなと(港)」つまりは桟橋の窓口で発行されたものと考えていたことを思い出しました。しかし、昨日の件で考え方が違う可能性が高くなってしまいました。また考察が必要になるということですね。

さて、特急券へと目を戻しますと、中と下の特急券は「電車上中段・客車三段」と「電車下段・客車二段」とそれぞれ金額ごとの常備券となっておりますが、基本的様式は全く変わりません。細かい部分で言うと、発行駅の「青森」の活字並びに相違を見ることができます。

そして、上と中を比べてみると、発行年月日でたった2ヶ月しか違いのない両券ですが、特急券・B寝台券の表示方法、電上・中段の有無、発行窓口番号の○付き○無しと、かなり違ったものになっています。

上のB寝台券は、客車三段式がある時代にあって、わざわざ電車上・中段専用になっているようですね。逆に言うと、中としたの特急券は、客車三段式が消えていった時代にあって、わざわざ客車三段式の表示が戻ってきたことの方が不思議な感じがします。

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切符(指定券関係)」カテゴリの記事

コメント

管理人様、御考察通り○みの表示は港(青函連絡船)の桟橋窓口と言うのが正解かと思うのですが青森発行の特急券ならば納得も出来るのでしょうが疑問に思うのは八戸発行の特急券で○み表示の存在です。
指定席ではありませんでしたが船内売りの宇高連絡船グリーン券は阿波丸とか讃岐丸とか船名記載が成されていました。

投稿: 電気釜56号 | 2009年3月22日 (日) 23時52分

電気釜56号様
普通ならこの推理かな?と思うのですがね。おっしゃるとおり、盛岡駅の一件で話がややこしくなってしまいました。まさか青森駅を見本に作って間違って発注した!なんてことは無いと思うのですが、果たしてどうなんでしょ。
青函連絡船も自船用、接続列車用とも船名「○○丸発行」と記載されていましたね。何枚か所有しているので、時間が出来たらアップいたしますです。

投稿: キハ181つばさ | 2009年3月23日 (月) 00時18分

「○み」の記号は、主要駅発行の券でしか見かけませんので、恐らくは「みどりの窓口」を表しているものと思われます。

この件について、拙ブログでもエントリさせて戴きました。

>上と中を比べてみると、発行年月日でたった2ヶ月しか違いのない両券ですが、特急券・B寝台券の表示方法、電上・中段の有無、発行窓口番号の○付き○無しと、かなり違ったものになっています。
これは件を調製した印刷場の違いによるもので、上の券は仙台印刷、下の2枚の券は仙台印刷の印刷業務が廃止された後の、東京印刷の券となります。

>わざわざ客車三段式の表示が戻ってきたことの方が不思議な感じ
電車寝台の上中段と客車寝台の三段式の寝台料金が同一料金であったためですが、当時の東京印刷の券のスタイルで、実際の発売需要の有無にかかわらず「客三」も表示されておりました。

投稿: 菅沼天虎 | 2009年3月27日 (金) 00時16分

菅沼天虎様
ご指摘ありがとうございます。
なるほど、印刷場が変わってしまったのでガラっと変わってしまったのですね。他の寝台券もありますので、注意して見ています。
○みの表示からすると「みどりの窓口」の線が強いかと思われますが、確か「みどりの窓口」の売りは「マルス」を備えていることだったと思いますので、硬券が常備されているのが不自然な感じがしてしまいます。
昔はマルスの通信時間が限定されており、時間を過ぎるとマルスが使えないために、夜行列車の発売が多い駅では硬券を常備していたと納得できますが、昭和60年ころでもそんな運用だったのでしょうかね。歳をとると、この頃でもつい最近に感じてしまうのですが(笑)。

投稿: キハ181つばさ | 2009年3月28日 (土) 00時20分

>印刷場
これを突き詰めるとかなりカルトになってしまいますので、あまりオススメできません。個人的には大好きですが(笑)

>「みどりの窓口」の売りは「マルス」を備えていることだったと思いますので、硬券が常備されているのが不自然
仰るとおりで、「○み」の記号の付された券は、図示されました指定券類よりも、座席等の指定を必要としない急行券、自由席特急券や、乗車券で多く見かけます。

>昔はマルスの通信時間が限定されており、時間を過ぎるとマルスが使えないために、夜行列車の発売が多い駅では硬券を常備していた
恐らく、真ん中の昭和60年10月の券はこれに該当するかと思いますが、マルス設置駅であっても、軽井沢駅のように多客対策で硬券を発売していた事例もありますし、上の昭和60年8月の券は、お盆のUターンの時期であり、事前に需要を見込んで駅側で確保しておいた寝台を、硬券で発売したのかもしれませんね。下の昭和61年3月の券は3週間以上前の前売り発売であり、上記のいずれにも該当しない事例なのですが・・・

>昭和60年ころでもそんな運用
JRとなってからも、京都駅の「出雲2号」用や、名古屋駅の「銀河」用の硬券を見た覚えがあります。

投稿: 菅沼天虎 | 2009年3月29日 (日) 00時36分

菅沼天虎様
>JRとなってからも、京都駅の「出雲2号」用や、名古屋駅の「銀河」用の硬券を見た覚えがあります。

確かに、私も昭和60年の「出雲」で名古屋駅発行の硬券がありました。やはり、マルスの発売時間を過ぎたときには、センター経由で空き情報を確認して発行するようなシステムが残っていたのでしょうね。

青森駅についても同様の理由で硬券が常備されており、たまたま営業時間を過ぎていた場合に前売り希望の旅客が来ても、断らずに発行していたと考えるのが自然な流れのようですね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年3月29日 (日) 12時46分

当時の駅の出札は,指定券類関連の旅客を扱う「みどりの窓口」と指定券を伴わない乗車券・急行券・自由席特急券などの旅客を扱う窓口に分かれておりました。それを区別するために「みどりの窓口」については、「〇み」と表記していたものと推察します。しかし、これは共通したものではなく、例えば弘前駅では、「みどりの窓口」発売の硬券は単に「弘前駅〇3」との表記でした(一般の出札は1,2番の表記)。
当時は、硬券の指定券類は多くの方がご指摘のとおり、マルス運用時間(5:30~23:00)外の発券のほか、マルス収容外指定券類の発券(「あけぼの6号」新設直後の「指定席特急券(青森~秋田間のヒルネ)など。停車各駅で台帳管理されていました。)、何らかの理由での発行替え(席をマルスに戻さずにということ)の場合に使用されていた記憶があります。
なお、マルス運用時間外の発券は、同運用時間内に事前に抜き取りした席について、台帳管理により行っていたはずです。

投稿: きじるし | 2013年8月19日 (月) 23時40分

きじるし様
コメントありがとうございます。
私は出札業務に従事したことがなかったので、この辺りの窓口業務の実態というのは全く無知で。
まして首都圏ではマルス時間外に指定券を発行する事情というのがまず考えられないことでしたので、夜中に発車する列車があり、さらにその需要がありそうな函館・青森・八戸・仙台、名古屋・京都、宇野などに存在していそうですね。
マルス時間外は当然に予約状況を照会できなくなるので、時間内に抜き取って手作業・・・という説は非常に納得できます。どのように行っていたのか、実際に携わっていた方のお話を聞きたいものです。

投稿: キハ181つばさ | 2013年8月24日 (土) 23時27分

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