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2009年2月15日 (日)

時刻表ネタ 昭和55年 石北本線に「北海」が走る! ほか色々

こんにちわ。

今日は久々に時刻表ネタを作ってみました。

まずはこちらをご覧下さい。

19807_2

交通公社発行の時刻表・昭和55年7月号からの話題です。

用があってこの時刻表を見るまですっかり忘れていたのですが、そう言えば!と思い出しました。

石北本線に特急「北海」が走っていたのですね。時刻表では赤ワクの①②になります。夏季限定の延長運転で、当時の定期区間である函館~旭川間を延長して網走まで運転されたんですね。函館本線では山線経由ですので、石北本線を走るといえども「おおとり」ではなく「北海」のままでひた走ったわけですね。急行列車の本数が沢山あるにも拘わらずに引かれたスジですので、それだけ鉄道利用が旺盛だったということでしょう。

順番が変わりますが、この間話題にしていた夜行急行「大雪」です。ピンクのワク⑤になります。表示は上り列車のみとなりますが、下り列車の末端も同じパターンであり、北見~網走間は普通列車となっています。この点については、『「大雪」:急行券・B寝台券』と『サボ 愛称板 急行「大雪」』をご参考までにご覧下さい。

このページには、その他にも興味深い列車があります。青ワク③は釧路から釧網本線・石北本線経由で札幌へと長躯9時間を走破する急行「大雪6号」です。もちろん、この列車でわざわざ釧路から札幌へ行く人は皆無でしょう。しかし、斜里や浜小清水といった釧網本線内から札幌へ向かいたい旅客からすれば、便利な列車だったことでしょう。国鉄時代は、このようにいくつもの利用を兼ね合わせた列車が多数存在したものです。そして、前述の特急「北海」のような臨時の延長運転とは違い、定期列車であることも特筆できます。

ちなみに、私が釧路から札幌まで夜行急行「まりも」を利用したとき、白糠付近のトンネルで大雨による冠水があり、釧網本線~石北本線~函館本線経由で乗車するハメになったことがありました。

最後に、緑ワク④の急行「大雪5号」も興味深い設定の列車です。この列車も定期運転で、名寄本線の興部までの乗り入れとなっており、網走まで行かない設定であるとすれば、列車名が違っていてもおかしくは無い列車です。

そしてさらに興味深いのは、夏期間のみですが、網走まで延長運転の設定となっており、列車名が「大雪51号」と名前を変えてしまうことにあります。興部行きは普通列車になってしまうことですし、「大雪5号」のまま延長してしまえば良いものの、わざわざ名称を変更してしまう必要性が理解できません。特に急行券の制度上は「1回限り有効」となるのが通例であり、名称が変わってしまうということは『違う列車』への乗り継ぎに当たるようにも思え、急行券の買い替えが必要となるような疑念が生まれてしまいます。時刻表上は『同一列車』のような表記もされていますし、このような変則列車における詳細な取扱いも表記されていませんので、実際にどう取り扱ったのかも興味が湧くところです。

このような事例は、同月時刻表の宗谷本線にも見られ、こちらはもっとレアな設定になっております。またの機会にご紹介したいと思います。

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コメント

>釧路から釧網本線・石北本線経由で札幌へと長躯9時間を走破する急行「大雪6号」
昭和53年の10月改正までは、根室始発の急行「ニセコ」なんてのもありました。
http://ameblo.jp/suganuma-tenko/day-20081118.html

その他に思い出されるのは、道外の列車ですが、花輪線の急行「よねしろ」で、1本だけ山田線に乗り入れて宮古まで行く列車がありました。

投稿: 菅沼天虎 | 2009年2月18日 (水) 00時18分

昔の時刻表・・・復刻版はかろうじて残してあるはずなんですが、この時代のは手元にも実家にもないと思います。(そもそも現実に旅行に行く時じゃない限り、時刻表は買わないようにしないと、紙上旅行プランなど作る気になって何にもできません・苦笑)
みなさん、あの大きな時刻表、どのように保管されているのか気になります。

投稿: | 2009年2月18日 (水) 13時25分

菅沼天虎様
以前拝見していたネタですが、そうですね、専用でしかないと言えるわけですね。
しかし、この列車を端から端まで乗車するだけでも大変なのに、本州までとは恐れ入りますね。飛行機がまだ高かった時代ですから、如何に安く行くかという意味では止むを得ない手段だったのでしょう。
良く探しましたね。北海道は周遊券移動がメジャーですから、急行券自体が手に入りづらい地域だったかもしれませんね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年2月18日 (水) 23時54分

舞様
私が小学生の頃は時刻表が趣味の教科書でした。
一応、時刻表に価値を見出した中学校時代から時刻表は捨てないで取ってあります。
書庫に満載になっており、最近は職場で使い古した時刻表を毎月引き取っているので、私の周りに山積みになってきました。MY書庫もとうに限界を迎えています。

投稿: キハ181つばさ | 2009年2月18日 (水) 23時56分

北海の季節運用で、愛称をそのままで使った例ですね。
この時代の道内の特急は、〇号でなく1本だけでしたから需要もあったのでしょうね。
それを補完する急行もバラエティーがあって、愛称名のたくさんあって面白かッたでした。

投稿: シービー | 2009年3月19日 (木) 23時55分

シービー様
北海道の特急でこういったイレギュラーな運転をしたのはこの「北海」くらいでしょうね。「北海」だけは札幌での方転がありませんので、当時の「オホーツク」や「おおぞら」とは逆向きの編成で電化区間を走っていたんですね。
貧乏高校生にとって、周遊券でタダで乗れる急行と、満額をとられてしまう特急とでは格段の差がありましたね。

投稿: キハ181つばさ | 2009年3月20日 (金) 00時18分

急行でも特急でも、名称がかわろうが途中区間が普通列車になろうが、つながっていれば1枚の特急券・急行券で乗車可。

投稿: | 2017年11月25日 (土) 22時31分

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