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2008年9月18日 (木)

何のための臨時急行?上越線「伊香保」 【時刻表】

こんばんわ。
今日も朝から天気が悪く、寒さも手伝って非鉄な1日となりました。
新規ネタが出来ないので、また時刻表ネタをアップしようと思います。

前回初めて時刻表ネタをお届けいたしましたが、今回もその近くのページにありました上越線臨時急行「伊香保」をご覧頂こうと思います。

19804_2

1980年(昭和55年)4月号 交通公社時刻表から

上越新幹線開業前、定期特急に加えて多客時には数多くの臨時急行が残っていました。
今では海外旅行も格安になりつつあり、国内の温泉旅行も極めて割高な感じもしますが、この当時では贅沢とは思いつつも温泉はメジャーな旅行だったと思います。

さて、問題の急行列車ですが、群馬県四万温泉や草津温泉の玄関口を目指す定期急行「草津5号」とこれに併結する臨時列車の急行「伊香保」です。
この急行「伊香保」は比較的長きに亘って設定されており、ご存知の方も多いと思います。しかし、翌々時刻表を見ると、余りにも不合理な感じがしたのです。

上野駅から手を組んで出発した「草津5号」「伊香保」は、途中新前橋駅で切り離しを行います。そして、先に出発した「伊香保」は吾妻線との分離駅である渋川駅でたった1区間を走行して終点となります。
渋川駅で切り離された「草津5号」は、「伊香保」の4分後を追いかけて渋川駅に停車し、吾妻線へと入っていきます。
だったら、初めから渋川駅まで併結して切り離せば済む話ですし、いちいち名前を変えてまで渋川行きの別急行として仕立てる必要性はないのでは?と思うわけであります。

「草津5号」は定期急行ですから、「伊香保」が運転されない日でも新前橋駅で12分の停車を行っています。新前橋~渋川間の所要時間が12分ですから、この段取りが無ければ新前橋駅を発車する時点で渋川駅まで行けてしまう訳であり、待たされた客が気の毒に思うのです。

ちなみに、上りも同様の設定で「ゆけむり」に併結となっており、「ゆけむり」は割を食った形で新前橋駅に長時間停車することになっています。
(赤字部分は誤りがあったので訂正いたしました。)

この両列車の編成表が時刻表には表示されていないので、推測の域を出ませんが、私はこう考えました。

1 元々定期の「草津5号」は14両編成が組まれており、新前橋回転車の7両を切り離すための
 停車時間が予め確保されている。

2 多客が見込める週末に新前橋回転車を渋川まで増結したいが、現在と同様に職員運用の関
 係で渋川駅での増解結作業が出来ない。したがって、新前橋で切り離しておく必要がある。

3 編成順序の関係で新前橋回転車を先に発車せざる得ない。

これらのことを総合すると、この不合理とも言える運行形態の説明が行くような気がします。

4分先に渋川駅に着く「伊香保」に乗って、後続の「草津5号」に再び乗り込む。自由席乗車ならそんな遊びも出来たことでしょう。西村京太郎サスペンスでは使えないでしょうかね(笑)。

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コメント

渋川では、上越線と吾妻線のホームが別で、新前橋でなければ、分割、併合作業ができなかったからです。

投稿: 小鉄 | 2012年4月26日 (木) 13時34分

小鉄様
そうですか?昔も今もホームは共通で使われていると思いますが?

投稿: キハ181つばさ | 2012年4月27日 (金) 00時38分

キハ181つばさ様
渋川駅で乗降したことがないので、書物の記憶を頼りに書きました。時刻表名探偵とかいう本に書いてあった記憶があるので、つい書いてしまいました。実際に見ないとダメですね(謝)

投稿: 小鉄 | 2012年4月27日 (金) 22時24分

小鉄様
本に書いてあったとすると、ちょっと考証が・・・という感じですね。なんか良い資料があると良いんですけど。

投稿: キハ181つばさ | 2012年4月29日 (日) 18時51分

ちょっとした調べ物をしていて、貴ブログを拝見させていただきました。

私は吾妻線沿線に生まれ育ちました。現在も吾妻線沿線の住民です。

私は、この頃は高校生でしたが、急行草津は、自由席急行券を買えば定期券でも乗車できました。この急行伊香保と草津5号は、私も乗ったことがあります。その日は「伊香保」が運転されない日だったのですが、前7両を新前橋で切り離していました。

つい数年前に「特急水上」が臨時列車に格下げされ、特急草津号のみとなりましたが、この時「水上号」の運転日以外は新前橋で7両を切り離すという、このパターンのような運用をしていました。

新前橋には当時の新前橋電車区があり、作業員さんが常時配置されているため、作業がしやすい(渋川駅まで作業員さんが移動しなくて済む)ということもあるでしょう。高崎管内で分割併合が必要な列車は、全て新前橋駅で行っておりました。

渋川駅は、2面3線の構造で、上越線と吾妻線はホームを供用していますが、ホームの有効長の関係もあるかと思います。昔の「特急とき号」「急行佐渡号」は最大12両編成でしたから・・・。

余談ですが、吾妻線方面と上越方面への急行列車は、この2年後(昭和57年)のダイヤ改正で、草津号を下り方、ゆけむり号または、あかぎ号を上り方に連結するようになりました。吾妻線の方が所要時間が多くかかるため、新前橋での停車時間を少なくするためかと思います。

また、草津5号に先行する普通列車531M万座・鹿沢口行きがありますが、この列車は途中の中之条駅で25分の長時間停車をして、草津5号に抜かれます。終点の万座・鹿沢口駅の手前の羽根尾駅で草津5号が草津6号として折り返してゆくため、交換待ち合わせがありました。普通列車は1度急行列車に抜かれて、抜いて行った急行列車がまた折り返すという、吾妻線のようなローカル線ならではの光景でした。

長々と失礼いたしました。


投稿: クロ185 | 2017年5月 8日 (月) 21時13分

クロ185様
コメントありがとうございます。
作業員の関係は容易に想像で起案したが、有効長ですか?確かに、優等列車は「佐渡」「よねやま」で最大が13両編成でしたね。客車急行では「鳥海」だけ停車したようで、荷物車・カマ込みだとかなりながかったですから、対応できたかどうかは微妙ですね。それよりも、本線入換が伴うと、「とき」が1時間に1本、上下で往来していましたから、狭い構内での入換は本線ダイヤに支障を来す、ような理由もあったのかもしれません。
古い時刻表をみましたら、昭和51年では「草津」が先発しており、後に「ゆけむり」、特急格上げ後は「水上」が先発となりましたが、「水上」が衰弱してからはまた「草津」が先行するようになったようで、時代ごとに何かしら背景があったのかもしれませんね。

投稿: キハ181つばさ | 2017年5月12日 (金) 02時10分

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