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2008年3月

2008年3月30日 (日)

国鉄 関東鉄道学園 教習用乗車券(その1)

せっかくの日曜日。絶好のお花見日和の筈が、雨まで降ってきちゃいましたね。さて、随分前からアップの準備をしておいたのですが、きっかけが無くそのまま放置されていた切符を何となくご紹介したい気分になったのでアップしてみます。

国鉄時代、埼玉県大宮市(現さいたま市)の日進と言うところに、関東鉄道学園と言う国鉄職員の教習・研修施設がありました。民営化後はどうなったか分からないのですが、現在はなくなってしまった?中央鉄道学園と並んで歴史のある研修所です。

もちろん、私も国鉄に在職しておりましたので、新規採用研修、営業係職、売店営業職など、数回入所経験があります。
基本的には宿泊前提ですので、運転手の養成などでは6ヶ月とか長期の単身赴任となる方もいらっしゃいます。

で、今日ご紹介いたします乗車券は、乗車券の発行(出札業務)や改札業務での実習に使われるもので、これを『乗車券』とか『切符』とか表現して良い物なのか疑問が残ります。

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様式はA券の準常備型で、地紋は無地のかなり質の悪い紙が使われているように思います。経年や保存状態の悪さからそういう風に見えるのかもしれませんが、厚い藁半紙みたいな感じです。

行先が伊豆急行線内へのいわゆる連絡乗車券の態様となっています。しかも、何故か発行箇所が○交(日本交通公社)中野営業所で、国鉄の教習用としては相応しくない仕様です。
発駅が東京電環(その後の「東京山手線内」)で、2等になっています。時代的には昭和30年代後半か40年代初頭の頃に作成されたものではないでしょうか。

「(教習用)」の朱書きがポイント的には相応しい位置なのですが、発駅の「東京電環」にかかっており、教習用とは言えど雑な作りの感じが否めません。

この教習用乗車券、新規採用時に教習用として生徒1人に1枚づつ渡されたもので、まだピュアだった私は「もう1枚ちょうだい!」とは言えませんでした。今ぐらい図々しくなっていれば、間違いなく「コレクションにしたいからあと4・5枚くれ!」と言っていたことでしょう。

しかし、それにしてもこの教習用乗車券、何故にこんなに国鉄らしくない、教習用に適さないような仕様のものにしたのでしょうか?謎の残る切符です。

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2008年3月26日 (水)

「天の川」:急行券・B寝台券

こんばんわ。 今日は残業で少し遅くなりましたが、若干時間も出来ましたので、兼ねてからアップ予定であった「天の川」の急行券・B寝台券をご紹介したいと思います。

B 私の所有している「天の川」の急行券は、残念ながらD券のみでした。
バリエーションがないのは少々寂しいのですが、出来るだけお金を掛けないように収集しておりましたので、こればかりは止むを得ないところです。

偶然ですが、2枚所有していて2枚とも象潟駅の発行です。
上のB寝台券は昭和51年の発行ですので、まだ10系客車時代のものです。
10系時代は、「B寝台+A寝台+B寝台×4」+「A寝台+B寝台×4」の11両編成で、上り方「A寝台+B寝台×4」は途中の新潟止まりでした。

下のB寝台券は昭和60年2月ですから、「天の川」の最後期となります。もちろん20系固定寝台編成で、A寝台2両を連続して連結し、全車が終点秋田まで行っておりました。

2枚とも同じ象潟の発行ながら、昭和51年はゴム印で昭和60年は列車名と着駅が常備になっています。
しかし、自駅に停車する列車でありながら、なぜ自駅を印刷常備としなかったのか疑問が残ります。象潟駅を通過させる計画でもあったのでしょうか?
実は、以前ご紹介いたしました特急「出羽」の列車名常備の特急券・B寝台券 http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/290.html でも同じ現象が起きており、何か意図的なものを感じます。

それと、この件についても触れましたが、この1往復設定の「天の川」にも『号』が付けられており、同駅発行の「出羽」と同様に違和感があります。そういうもんだということで発注していたんでしょうね。

本数が少なかっただけに余りお目に掛かることのない「天の川」の常備券。私にとっては大事なコレクションとなっています。

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2008年3月22日 (土)

都営地下鉄→(江戸橋)→営団地下鉄連絡乗車券

今日はお出掛けの気力が無くなり、マッタリと資料整理。そんなんで時間も出来ましたので、切符までアップしちゃいます。

今日のネタは、都営地下鉄と営団地下鉄(現東京メトロ)の連絡乗車券です。
基本的に私鉄の乗車券のコレクションというのは少ないのですが、これは仕事でお付き合いのあった都営地下鉄OBの方が鉄である私にお裾分けしてくれたものです。

取り敢えず画像をどうぞ。

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都営地下鉄浅草線「押上駅」から江戸橋・日本橋を経由して営団地下鉄東西線の30円区間行きという連絡乗車券です。
昭和42年11月の発行で、2等という表示がされ、さらに運賃変更のゴム印が押してあります。
都営地下鉄の等級制がいつ頃廃止されたのか調べても分からなかったのですが、国鉄と同じ頃だとすれば、この乗車券が発売された頃には既に制度が変わっていたものと推測されます。
地紋はその後の都営地下鉄と同様の黄地紋で、経年の割には鮮やかな色が残っております。

乗り換え駅は「江戸橋」~「日本橋」となっており、別名称ですが乗換駅として指定されています。「江戸橋」の駅名は最近あまり聞かなくなったと思ったのですが、平成元年3月に営団地下鉄と同名の「日本橋」に改称されていたんですね。20年も気が付かないなんて・・・。都営新宿線が開業し、「江戸川橋」と紛らわしい、乗換駅として駅名を一致させた方が良いなどの理由から改称されたようです。

裏面に転じますと、表面と同じような内容事項が記載されていますが、営団地下鉄30円に対し小児15円の表示があります。私もうっすらでありますが、小学3年生の頃、高島平~新板橋間を都営三田線に乗車した際、自動券売機で5円玉のおつりが出てきたような記憶があります。
そこで気になるのが、営団地下鉄に対して小児運賃が表示されているのに対し、都営地下鉄乗車区間の小児運賃が表にも裏にも記載されていません。まさか同額ってことは無いと思うんですが、やや謎を含んだ乗車券です。

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2008年3月18日 (火)

「なは」:特急券・B寝台券(583系時代)

今日は早めに帰宅いたしましたので、切符をアップいたします。 昨日は、581・583系寝台特急「なは」の写真をアップいたしましたが、当方手持ちの特急券で「なは」が1枚だけありました。ちょうど時代的に電車特急時代でネタが合いますので、本日この機会にアップいたします。

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旧様式の準常備式D券タイプです。料金からして、最高到達距離の乗り継ぎと乗継ではないもの、そして、寝台の上・中段及び下段を用意してあるようです。 昭和50年11月ですから、同年3月に誕生して間もない頃の特急券ですね。この時代は勿論581系又は583系であり、特急券にも「電」の文字が印刷されており大変判りやすいものとなっております当時、西鹿児島発の電車特急には、「なは」以外にも「明星」が存在していました。発行駅は大隅線の「鹿屋駅」で、残念ながら大隅線共々既に廃止となっております。

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2008年3月16日 (日)

「十和田」:急行券・B寝台券・指定席券

とうとうダイヤ改正を迎えてしまい、この間バタバタ撮影に奔走していたために何とも気が抜けてしまった感じがします。
でも、まだ500系「のぞみ」や「夢空間」、小田急LSEの旧塗装、207系900番代といった課題も残っているので、何とか気力を振り絞って撮影に行かなければならないところなんですけども・・・。

さて、本日未明にアップしたしました急行「十和田」に関連いたしまして、硬券指定席券がありましたのでこの機会にアップしておきたいと思います。

Photo_22 まずはD券タイプです。
上のD券は、上野駅発行の下り「十和田3号」のグリーン券です。
50・3改正以前の急行「十和田」は5往復が設定されていましたが、同改正時において2往復が特急「ゆうづる」に格上げとなり、「十和田」は3往復に減少しています。
昭和50年4月の時刻表によると、季節列車の下り1号・上り3号は12系らしい12両編成のモノクラスで、上下2号がA・B寝台1両づつとグリーン車を連結、下り3号・上り1号は寝台車無しでグリーン車を連結した編成となっています。このうちの上下2号が昭和52年9月に20系化された列車であることは容易に推測できますね。
当時の東北方面の客車グリーン車は基本的にスロ62又はスロフ62ですので、この切符の「十和田3号」が旧型客車の編成であることがわかります。

下のD券は上り「十和田3号」の普通座席指定券です。
昭和48年ですから、まだ「十和田」が5往復設定されていた時代のものです。
定期列車は「2・3号」と「4・1号」で、これに時刻表に編成が掲載されている季節列車の「5・4号」があり、いずれもA・B寝台車とグリーン車、ハザと自由席車を連結した、昔ながらの夜行列車らしい編成で運転されていました。
このほかに、季節列車の「1・2号」と「3・5号」があり、「1・2号」が全車B寝台の寝台専用列車、「3・5号」は何と指定席車が1両もない全車自由席車として設定されています。
この指定席券は、上り3号の定期列車であることが判り、編成中たった1両しか連結されていない1号車の指定席に発行されたものです。

Photo_23 こちらはA券タイプのB寝台券です。
裏面はアップしていませんが、発行駅は「板橋駅」で、この時代に首都圏で発行される指定席券としてはA券は珍しいと思われます。
昭和52年3月ですと「2・2号」はまだ20系化される前ですので、B寝台車ですが10系だった時代のものになります。


昭和40年代だと、団塊世代の方たちが集団で就職のために上京してきた時代ですので、年末年始やお盆期間は東京から帰省する人たちで大変混雑いたしました。
当時は未発達で高額な航空機を利用することのできるサラリーマンは極限られていますので、長距離を座って移動するために、夜行列車の順番を朝から駅で並んで確保するのが当たり前の時代でした。

私が昭和50年代半ばの高校生の頃、上野駅でアルバイトしていたときもそれなりに夜行列車の帰省行列は残っておりましたが、今では夜行の寝台特急すらなくなっても大丈夫な時代になってしまったんですね。昔の人は生きるために頑張って仕事をしていたのでしょうが、今は人生の余裕を確保するために一所懸命働き、時間を節約しているということなんでしょうね。たった30年の時代差、随分様相が変わったと思います。

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2008年3月 7日 (金)

国鉄乗入れ切符(東武鉄道::補充式)

久し振りの国鉄乗り入れ切符シリーズです。

今日は、前々からアップする予定が1度サーバーに拒否されて以来ほったらかしになっていた東武鉄道の補充式乗車券です。

軟券なので収集の対象外でもあり、このテの乗車券は他には所有しておりませんが、たまたま目に付いたので手に入れました。私鉄から国鉄全線へ発売するような乗車券があることも知りませんでしたので。

Photo_20 様式は国鉄で発行されていた出札補充券の乗車券専用様式と限りなく似た感じのもので、東武線内が入鋏(にゅうきょう)省略になっているためか、鋏みの形が印刷されています。他の方のブログでも拝見したことがありますが、各私鉄でも似たような様式のものが用意されていたようです。ちなみに、地紋は「TRC」で、東武鉄道のものとなっています。

Photo_21 こちらは裏面です。各種の注意書きから、国鉄全線に発売が可能な非常にスケールの大きい乗車券であることがお判りいただけると思います。注意書きを読んでいて、一点だけ気になることがありました。

2段落目以降の下車前途無効に関する記述の中で、「横浜市内・川崎・鶴見線内」という表現をしています。日本語として解釈すると、「横浜市内線内、川崎線内、鶴見線内」又は「横浜市内、川崎線内、鶴見線内」になると思います。百歩譲って後者だとしても、「川崎線内」というのは明らかに間違った表現であることがご理解いただけると思います。この場合、「横浜・川崎市内及び鶴見線内、」と表現するべきではなかったかと思います。他の方のブログで拝見した他社の同様の乗車券においても、微妙な違いはありましたが、やはり正しい表現にはなっていませんでした。国鉄からの通達様式などに誤った表現があり、そのまま統一的に使用されてしまったのではないかと推測できます。 今となっては、このようなスタイルの乗車券は使用されているのが稀だと思います。もし、自動化されていない窓口での同様の乗車券を手に入れる機会がありましたら、普段は見ない裏側も読んでみたりすると、おもわぬ発見があるかもしれません。

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2008年3月 1日 (土)

国鉄バス 西那須野~塩原温泉 職割乗車券

先日、国鉄バス「草津温泉駅」発行の特急券をアップした際、塩原温泉駅についても話題になりました。

当方が所有する切符類の中には塩原温泉駅発行の切符ではありませんが、ちょっと変わった乗車券を持っていました。

それがこの乗車券です。

Photo_7 西那須野駅発行の塩原温泉行き乗車券です。しかも職割です。
「職割」とは、国鉄職員が乗車証の区間外を国鉄線に乗車するとき、割引券で買うことによって運賃・急行料金が半額となる割引制度です。
※ただし、寝台料金だけは割引になりません。

国鉄のB券スタイルで、印刷様式も基本的に同じですが、バス乗車券に良くある料金表示を重視するタイプではなく、両矢印式の区間券です。おそらく、始終点の需要が多かったため、このような券が常備されていたのではないでしょうか。
また、西那須野~塩原温泉は往復需要が殆どでしょうから、写真のように往復乗車券として使用する場合、利用者から見ても使い勝手の良い仕様だと思います。

さらには、職割印が印刷式となっています。これは前回アップの際に記したように、塩原温泉には国鉄の保養所があるため、職員やその家族の需要が相当あり、常備するに至ったと思われます。

Photo_17 こちらは裏面です。職割常備の仕様らしく、証明書番号を記入する欄があります。
しかし、この乗車券に記番号を書いたところで何か役に立つのか?と言う疑問も生じます。この乗車券もそうですが、おそらくは記入はしていないのではないかと思います。

自由席特急券で職割の印刷式を見たことがありますが、バス乗車券では存在自体がひょっとすると珍しいかもしれません。国鉄の保養所を持つ塩原温泉と言う路線ならではの特殊性ではないでしょうか。

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