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2007年10月7日 - 2007年10月13日

2007年10月13日 (土)

今晩は駅弁大会

大体毎週土曜日は実家へ行って(といっても庭先なのですが)、スーパーの駅弁大会で駅弁を買ってきて食べました。

夏場は食中毒の心配もあって、スーパー自体が駅弁売りをしないのですが、過ごしやすくなって再開したようです。もう今年も秋になったのだなと感じます。

味も香りもお届けできませんが、視覚だけでご賞味ください。

Photo_9食卓の図

Photo_10 私の食べた「かごしま黒豚角煮弁当」。

これは駅弁ではなく空弁でしたね。味は良かったのですが、如何せん脂身がキツいですな。若い頃は気にせず食べましたが、中性脂肪・コレステロールなど、気になることもあって積極的に食べにいくような感じはしません。
え?電子レンジで温められたの?なんだ・・・今、写真見て初めてわかった!orz

これだけ買うと結構なお値段です。普通にがってん寿司7人前くらいは行けそうです。
まぁ、年2~3回の楽しみだから良しとしましょ。

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2007年10月10日 (水)

「能登」:急行券・B寝台券

このところ切符関係がサボり気味なので、久々にアップします。

今日は、急行「能登」が客車列車時代のときのB寝台券をご覧いただきたいと思います。

Photo_42 こちらはA券で発行された「能登」のB寝台券です。
国鉄時代、北陸地方を中心にA券タイプの指定券が多用されており、B寝台も例外なく多かったようです。私は所有していませんが、JRで□西になってからは、逆にD券が使われていたようです。
画像の4枚とも基本的に同様の様式であり、地紋の濃さに違いが見られますが、特に変わったものではありません。
3枚目のみ、時代が10年ズレている影響かもしれませんが、料金表示が半角数字になっています。また、乗車駅と下車駅のみ印刷常備となっており、金沢~上野間に寝台車利用の需要の高さが窺われます。列車名が印刷になっていないのは、この当時はまだ信越本線経由の「越前」もあったため、共通で使えるようにしておいたものと思われます。
このB寝台券の発行駅である「輪島」駅も廃止になってしまいました。

Photo_43こちらはD券タイプの「能登」B寝台券です。と言っても、画像でお判りいただけるとおり、北陸地方の発行ではなく、仙台地区で発行されたもので、発駅が印刷常備になっているため、無理矢理訂正して発行しています。

国鉄時代に北陸地方で発行された特急券・指定席急行券等は、圧倒的にA券が多いらしく、私が所有する他の列車も圧倒的にA券が多いです。稀にD券だったりしても、それは帰りの券を別の地域で購入していたりするケースばかりのようです。
ちなみに、今日ご紹介いたしました「能登」を含め、「北陸」「越前」「きたぐに」などについても、A券による「A寝台券」というのを見たことがありません。死ぬ前に1度くらい逢えないかなぁ~と思っています。

「能登」が489系による座席車のみの編成となって久しくなりましたが、こういった寝台券をながめていると、かつて客車急行として活躍していた時代が偲ばれます。

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2007年10月 8日 (月)

国鉄への乗り入れ切符(長野電鉄)

最近ご無沙汰していたので、国鉄線への連絡乗車券をお届けしたいと思います。

最近、話題が豊富で非常に興味が湧き出してきた長野電鉄ですが、なかなか遊びに行くきっかけも無くて予定が立てられません。

信越本線も新幹線の開業により分断され、旧国鉄との関係も遠退いた感のある長野電鉄ですが、昔から湯田中温泉というのは関東でも名の知れた温泉であり、直通の急行さえも走っていました。
今日は私のコレクションの中から、連絡急行券と乗車券をご覧いただきたいと思います。

まずは、連絡乗車券です。

発行年代がかなり違う2枚です。Photo_29
1枚目は、湯田中から屋代・熊谷経由の東京都区内行きで、この経路からおそらく国鉄乗り入れの急行「志賀」に使われたものと思います。
チョット窮屈な表面の乗車駅脇に「長野電鉄」の表示があります。

2枚目は、信州中野から長野・熊谷経由で、途中の上尾~南浦和間行きです。こちらは「長野電鉄」の表示がありませんが、小児断片に○長の文字が入っています。ただし、これが「長野電鉄」を意味するものなのか、或いは「長野乗換え」を意味するものなのか、定かではありません。
発行日より前の昭和57年11月改正で急行列車「志賀」が廃止になっていますので、特急が停まらない屋代に行くより、長野に出て乗り換えた方が至便であったと考えられます。

地紋は同じカラーですが、古い方の地紋が色が濃く、全く同じものとは思えません。
印刷字体も明らかに違い、時代差が感じられます。1枚目の有効期限の発売日「共」の字だけ何故か右上がりの書体になっているのが笑えます。

また、気が付いた点としては、通常経由を表示する場合ほとんどの私鉄は「・」(中点)で区切るのが通例ですが、この2枚はいずれも「.」(ピリオド)で区切られており、他社と趣きを異にします。

次に連絡急行券です。

Photo_30急行「志賀」に適用される急行券ですが、特に列車名の表記はありません。形式的には国鉄の急行券の仕様に準じたものが使用されています。
当時、国鉄線の201km以上が500円で、長野電鉄内は80円の合わせて580円となっています。ただし、電鉄内は特急列車扱いです。

当時は比較的需要があったらしく、この急行券はコレクションでも良く見られます。
たった3両編成の急行「志賀」でしたが、「信州」や「妙高」と併結され、ビュッフェ車込みの12両で本線を走る姿は、急行列車全盛の時代にふさわしい雄姿でした。

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